オルター・洋子「龍平洋漂流記」より 第3章 妙味な男たち

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さて、話を「舟を編む」にもどす。今まで見た松田龍平の映画は例えどんな役でも松田龍平にちがいなかった、が、馬締は松田龍平ではなかった。馬締は馬締。松田とは別人だった。  ああいう人は確かに居る。 私が新卒で入社したのが91年だから、95年時点で27歳の馬締とはほぼ同世代。私は哲学科の中でも珍しい「美学」を専攻していたが、同じ専攻に数人、男の子が居た。男で美学を専攻するなんて、まあ、一級のド変人である。彼らを思い出すと、馬締の文系ド真ん中な感じと重なって懐かしい。「グレゴリウス聖歌」について研究していた絶対人と目を合わさない天然パーマの色白の子、「詩学概論」の小柄な助教授(ゼミ生に密かに「虫」と呼ばれていた)。そして、そういう人になぜか興味を持つ癖が私にはあった。  就職後にも思い当たる。新卒で勤めた会社は大手繊維会社のアパレル部門だった。会社は西麻布にあって営業部門はおしゃれな感じの若い男性が多かったが、システム部採用の中に居た、居た。ああいう髪型でああいうスーツのマジメくん。良く見ると綺麗な顔してたりして。つまり気をつけてみれば「馬締光也」はどこのコミュニティにも一人は居そうである。 「システム部のマジメくん、ふとした時に松田龍平に似てない?」 「えーっっ!?やめてよ~!私、龍平好きなんだから」 「でも口元とか、歩き方とか」 「えええ~!ありえない~」 しばし観察 「ほんとだ…ちょっと…似てる…」 と、こんな感じ。  松田龍平は「船を編む」で日本アカデミー賞主演男優賞など、いくつも賞を取った。 デビュー作「御法度」で新人賞をたくさん取ってから20年近い歳月、今の彼のポジションはまさしく映画スターといえようが、決して一筋縄ではいかない道だったに違いない。「船を編む」での授賞式、「新人賞を取った人の中で、主演賞を取って再び戻ってくる人は今までいなかった」と言われると、彼はいつもと同じ低めのテンションで、でも腹の据わった声で「やってやったぞ」とヒトコト言った。それがすごく、男らしくてかっこよかったな。
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