白石健太の場合

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白石健太の場合

見慣れない駅を降りた。 昼下がりの駅は、朝の通勤風景とは違い、どこかのんびりとした空気が支配している。 改札口を抜けると、ロータリーの右側にくどい看板を掲げたパチンコ屋がそびえ立っていた。今となってはワザとらしさが古めかしさを誇張している建物だ。 演芸大会で登場するスパンコールのスーツを着たコメディアンみたいだ。 古き良き時代の象徴のようで、現代まで生き残ったパチンコ屋が貴重な骨とう品に見えた。 妙に感心しながら僕は、パチンコ屋とは反対の方に進んで行く。 オープンカフェに、ベーグル専門店、ジューススタンド屋の前を通過した。 ナチュラルを全面に押し出し、お洒落な作りが目を引く店が並ぶ。 最近、健康や自然をキーワードに掲げるこの手の店が増えているような気がする。時代がどんなに進んでも、人間は自然と共に生きていたいと思っているのかもしれない。 健康志向に傾く世間から支持を受けている店と昭和ロマン漂う不健康そうなパチンコ屋が肩を並べるように同じロータリーで共存しているのが面白い。 ジューススタンド屋の先にある脇道を入って行くとほどなく右手に見えてくるモダンなビル。一階はガラス張りになっていて、ここから見える店内は白で統一されている。 外壁も艶のある白いタイルで覆われていて、異様な程どこもかしこも白い。清潔感を無理やり押し売りしてくるような、威圧感を感じる。中に入らなくても、高級感が鼻につく店だと分かる。 この建物に近づくと、店の前に置かれた小さな看板がハッキリ見えてきた。 自動ドアの手前に置かれた小さな看板だけが、ここが何屋なのかを知らせている。 “色眼鏡屋” 毛筆だけで書かれたシンプルな看板だ。 僕はこの店に用がある。
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