白石健太の場合

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色眼鏡を作ると決めた時、僕自身も廃人から卒業すると決めた。 いつまでもこんな生活をしていてはいけないという思いもあったし、琴子の脳だけに負担を強いるなんて、申し訳ないような気がしたからだ。 琴子が生きていた頃、僕はいい夫ではなかったと思う。 それでも琴子は、僕の横にいた。僕が何をしても琴子はずっと僕の傍にいると信じて疑わなかったし、僕の傍に琴子がいるのが当たり前で、いなくなる未来が存在するなど、ありえないと思っていた。 こんな状況に、僕は甘えていたんだ。 琴子と過ごした時間がこんなにも大切だったなんて気づきもしないで、本当に身勝手だった。 琴子が僕の目の前から消えて初めて、今までとは比べようがないくらい、心から琴子を想った。 琴子と引き換えに僕が手に入れた物は、“なぜ、あの時に・・”という後悔だけだった。 僕の後悔が日に日に大きくなっていくこの孤独に浸かりながら、僕は明日を見ない様に生きてきた。 琴子がいない明日なら、僕には必要ない。 本気でそう思った。 なんだか聞こえはいいが、僕がしたことはただ現実から逃げ、こうやって琴子と生きる方が楽だったからだ。 いい加減前を向いて、現実を受け入れると決めた。 琴子の脳にメスを入れるのだから、僕だって苦痛を受け入れる。 やれる事はするべきだ。 だから、廃人を終わらせる。 廃人から卒業するためにしなければならない事、それは仕事だ。 世間とつながりを持たなければならないと思う。仕事を通じて、色々な人とつながり、必要とされ、対価を得る。社会の中に、自分の居場所を作る事が、廃人を卒業することだ。 今は、琴子の死亡保険と蓄えがあるから、すぐにお金に困る事はない。 それでも、こんな生活を続けていれば、いずれは底をつく日が来る。 そうなれば、琴子との思い出が詰まったこの家も手放さなければいけない日がくる。 今の僕には耐えがたい。 琴子を2度死なせるようなものだ。 そんなことはさせない、そのためにも僕は廃人を卒業する。 琴子との思い出を守る事、それが今の僕のすべてなのだから。
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