高木宗太の場合

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そんな時だった。母が病気になり、長くないと知った。 父から電話をもらった時、信じられなかった。 何かの間違いでしょ?半信半疑ではあったけど、次の日、病院へ駆け付けた。 大きな病院の一室に、母の姿があった。 母に会うのは半年ぶりで、無機質な部屋で横たわっている母は、いつもよりコンパクトになっていた。 こんなに小さかったかな・・母を小さく感じたのは初めてで、少し戸惑った。 電話をもらって病室で横たわっている母に会うまでの間、あの母のことだから病気の方が逃げていく、僕はそう思っていたが、実際の母の姿は、もうすぐこの世からいなくなるという説得力があった。 母とは、事あるごとに衝突し、激しい口喧嘩を繰り返してきた。 母は、正論を振りかざし、金切り声をあげた。 僕は、キーキーうるさい利きの悪い自転車のブレーキのような声で発せられる言葉に、一矢報いることもなく、いつでも太刀打ち出来なかった。 僕はどうにも悔しくて、言葉のジャブを大量に打ち込んでみたが、母は無傷だった。 そんな母が疎ましかったし、正直死んでくれと思った事もしばしばだ。 僕にとって母は、高くそびえ立つ壁のような、目の上のたんこぶのような存在だ。 病室にいる現在の母は、元気が吸い取られ死へのカウントダウンが着実に進行し、少しずつ消えていくように見えた。 出来る限り、見舞いに顔をだそう。死にゆく母を前にして、僕が出来ることは、そんな事しか残っていなかった。 病室にいる母は、僕を見かけると喜んでくれた。 その仕草が、田舎のおばあちゃんとそっくりで、妙に痛々しい。 僕がそう感じるくらい、母は弱っているのだと思う。 そんな母を前にしながら、僕は病院へ行くのが憂鬱だった。 母と面と向かって普通の会話など今までしてこなかったから、どんなテンションでどう接すればいいのか、見当もつかない。 精神的にも肉体的にも、少しずつ弱っていく母に、少しでも気分が軽くなれるような言葉を掛けなくちゃいけないと思うけど、具体的に何と言えばいいか分からない。 これなら一層の事、あの頃のように僕を強く怒鳴りと飛ばしてくれた方がどんなに楽かと思ってしまう。
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