4人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
白石健太 35歳
結婚して、今年で10年目を迎えるはずだったが、昨年、妻の琴子を亡くした。
結婚して2年目に購入した二人で生活するための一軒家は、たった八年で大切な主を一人失った。
そして、僕一人だけが取り残されてしまった。
家からすべての音が消えた。楽しい音も、嬉しい音も、ムカツク音も、僕の日常から突然、姿を消した。
仕事に行く気になれなかった。
何もする気が起きなかった。
気が付くと、琴子がお気に入りだと言っていたリビングに置いてあるソファーに座り、息をするだけの廃人になっていた。
琴子の匂いが消えていくこの部屋で、抵抗するように琴子の思い出に閉じこもった。
窓もカーテンも開ける人がいなくなったこの部屋は、いつでも薄暗いが、僕が起きている間だけスイッチが自動で入るテレビだけが、この薄暗い部屋にわずかな光を届けた。
テレビに内蔵されたAIがスイッチの入り切りをしている。と言うことは、僕という存在をいつも気にしてくれているのは、テレビに内蔵されたAIだけだ。
心配してくれる人もいない。
だらしないと注意をしてくれる人もいない。
僕は欲求に従って、誰もいない部屋で酒を飲み、クダをまき、眠ったり起きたりを繰り返した。
次第に時間の感覚がなくなっていき、そのうちに、朝も昼も夜も分からなくなった。
気が付いたら眠っている生活は、眠っているのか起きているのかさえ、あやふやにさせた。
僕にしてみれば、起きて居ようが、寝ていようが、どうだっていい。
僕がやる事といえば、自分の心臓がなぜ動いているのか、なぜ呼吸をしているのかと、考えるくらいだ。
哲学者でもあるまいし、どんなに考えても意味などみいだせる訳はないと知っているのに、そんな日々から抜け出せなくなっていた。
部屋の隅で枯れたままになっている観葉植物にでもなった気分で、このまま自分の息の根が止まるのを待つ。
誰にも知られず、深海の底で暮らす魚そのものだった。
最初のコメントを投稿しよう!