高木宗太の場合

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色眼鏡屋の自動ドアが滑らかに開いた。 ドアが開くと薄いグレーの小さめの玄関マットと真っ白の床が見えた。 僕の靴は汚れていないかな? とっさにそう思った。僕の靴でこの真っ白な床を汚すのは、気が引ける。 だけど、僕は買う気満々の客だから、そんな心配は必要ないはずだ。 見てくれの為に、歩きにくい真っ白の床を選ぶなんて、お客に対して不親切な店だと思えてきた。 店内に足を踏み入れた。少し、ドキドキしている。 初めて入る店は、どうして緊張してしまうのだろう。 顔を上げ店内を見渡した。 色眼鏡屋は、どこもかしこも真っ白で、母が最期に暮らしていた病室よりも無機質な空間だ。 左手には小さなカウンターがあり、その中で40歳くらいの上品な雰囲気の男性店員がタブレット端末を操作しているが見えた。 店の右奥は、開けた空間になっていて、綺麗にディスプレーされた棚が幾つか並べられている。僕が欲しいと思える色眼鏡があるといいな。そう思いながら、棚に目を向けた。 男性店員が近づいてきて言った。 「いらっしゃいませ。何かお探しのものはございますか?」 この店の雰囲気にのまれて緊張していたせいで、男性店員の声でびくついてしまった。 恥ずかしい。 バレないように平静を装って、訪ねてみた。 「あの、音楽関係の人の色眼鏡ってありますか?」 それでしたらこちらでございます、男性店員は半歩先を歩き、音楽関係者が並ぶ棚へ案内した。 「音楽関係者の色眼鏡は、種類も豊富でございます。ごゆっくりご覧ください。」 男性店員はそう言って、定位置である小さなカウンターへ戻っていった。 僕は一通り、売られている色眼鏡の名前を確認した。 演歌歌手からロックバンド、アイドルから外国の有名歌手まで、実にさまざまな種類がラインナップされていた。 その中で、見慣れた名前を見つけた。
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