高木宗太の場合

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友達は大量のCDを買って、ご機嫌でリサイクルショップを出た。 通りを歩く人が、急に増えた。 考えてみたら、もうすぐお昼だ。 人々は、昼食を取る場所を探している。 宗太はまだ、凄まじい情報量に感電したまま、鈍い頭でぼんやり駅へ向かって歩いていた。 「具合でも悪いの?」 「悪くないよ。」 「これからどうするよ?食事でもするか。もうすぐお昼だし。」 「そうだね。」 「買い物に付き合ってもらったし、そばでも食おうぜ。おごるよ。あそこの立ち食いそばがいいよね。宗太、好きだろう?」 「そうだね。」 駅へ向かう途中で、“ピアノ・エレクトーン”と大きく書かれた看板が目に付いた。 3建ての雑居ビルの一階には、大きなガラスがはめ込まれた奥に、グランドピアノが置かれている。 「これからピアノ演奏をするので、よかったら見ていってください。」 この掛け声と共に、ピアノ教室の前で、この教室を宣伝するビラが配られていた。 ピアノが置かれているガラスの前には少しずつ、人だかりが出来始めていた。 「ちょっと、見ていかない?」 宗太は、そう言って立ち止まった。行こうと言う友達の声も宗太の耳には聞こえていない。 それほど、目の前の光景に釘付けになっていた。 宗太の目に映っていたのは、美しい女のように見えるピアノだ。 天女のような立ち振る舞いで、宗太を誘惑している。 この魅力に抗える者は一人もいない。夢中でピアノを見つめた。 ピアノが置いてある部屋の電気が付き、女性が一礼してビアノの前に腰かけた。 女性が優しいタッチでピアノに触れると、ビアノから上品な音が響いた。 音は空気を揺らして、触接宗太の耳を震わせた。 この振動にゾクゾクする。 ピアノは優しい旋律を奏でながら、なおも宗太を魅了する。 ピアノを照らすスポットライトは、晴天の中を流れ落ちる滝の様に七色の光をまとい、ピアノに降り注いでいる。 神様が降臨したような、あまりに神々しく圧倒的な美しい姿に溜息をついた。 僕が探していたのはこれだった。 感動が押し寄せて、思わず涙が頬を伝っていた。
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