菅原雄太の場合

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隣の席には、中年男性の二人連れが座っている。 二人の会話が菅原の耳に入って来た。 「面白い話を聞いたんだよ。今、全盲の人の脳が注目を集めているそうだよ。」 「全盲?何か理由でもあるの?」 「全盲の人の脳は、我々と比べて、一つの感覚から伝わる情報量が格段に多いらしいんだ。」 「情報量が多いとは?」 「つまりさ、偶然すれ違った全盲の人に挨拶をする。“おはよう” その声から、我々はその言葉の意味しか聞き取れない。朝の挨拶だ。 それ以外の意味はない。 しかし、全盲の人は違う。“おはよう”の中に声色を感じる。 今日は慌てているとか、寂しそうだとか、声色で相手の気持ちを汲み取ることができるんだ。身近な人なら、我々でもわかる事もあるが、彼らは違う。 初対面の人からでも感じ取る事が出来るんだ。 “おはよう”のたった一言だけでだよ。」 「考えてみたら、超能力みたいだよな。 心の目で見る的なさ、ほらそんな映画があっただろう。 女性の服が透けて見えるとかさ、病気が分かるとかさ、そんな能力に近いと思えてくる。」 「昔は、目が見えないハンデェを他の器官が補って、発達すると考えられていたが、実際は我々と大きく違わない。要は、使いこなし方が違うだけらしいんだな。」 「じゃ、我々も使い方をマスターしたら、彼らみたいな能力を手に出来るはずだよな。」 「まぁ、そういう事になるけど、なかなかね。だからさ、“全盲の人の脳”が注目されているんだろうな。」 この人達は脳に関わる業界人で間違いない。 あの伊藤とかいう政治家のパーティーにやって来たんだろう。 伊藤とかいう政治家は、脳の活用に積極的に取り組んでいるから、この業界から強く押されている。 死者の脳を有効活用するに当たっては、倫理上の問題も抱えているから、誰もがもろ手を挙げて賛成はしていない。 どう考えたって、死者の脳を活用するのは、誰だって抵抗がある。 それにだ、大切な人やかけがえのない人の死後、悲しみに打ちひしがれている間にも、脳だけが取り出され、何かに活用される。 割り切れる人は少ないはずだ。 それでも、人の脳の可能性を考えれば、倫理以上のメリットがあるのは、周知の事実だ。 繊細な天秤は、利便性の方へ傾いた。 そう言ってしまって、間違いはない。 脳の研究は、脳の保管に関する法律が出来てから更に加速している。 サンプルが容易に手に入るようになったせいもあるが、一番は、国から手厚く保護されているからだろう。 補助金も多額であり、他の業界よりも融通が利く。 政権が変わり、伊藤とか言う政治家の腕力が弱まれば、この業界は窮地に立つ。 だから、この業界にいる以上、この政治家を応援しなければならないのだ。 菅原は、目を伏せて考えていた。 “全盲の人の色眼鏡って、作れる?”
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