白石健太の場合

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“色眼鏡屋” 毛筆で書かれた洒落た文字が表紙になっていた。 ページを開くと、“色眼鏡屋ってこんなところ” 大きな文字で書かれた下に、説明文が続く。 生前、大切な方が見ていた世界を覗く事ができるメガネが作れるお店です。 ご存知でしょうか?物の見え方は、人によって違います。個人を識別できる指紋や、網膜の虹彩と同じように、見え方自体も異なります。 一般に、男性は色への感心が低く、女性よりも薄く見えています。 微妙な色の違いを理解するのが難しいのはこの為です。 また、女性は人工物に感心が低いため、細部まで見える男性と違い、全体像をぼんやり把握する程度にしか見えていません。 女性が道に迷ってしまうのは、建物を識別する力が弱いからだと言われています。 性別だけでも、これだけの違いが生じます。 視覚とは、個人の主観によるところが多く、関心や趣味趣向、または価値観といったことで大きな違いが生まれます。 関心が高いものは、大きく見えたり、鮮明に見えたり、見る視点が大きく変わって見えたりと、人によってさまざまに変わります。 ですから、同じ景色を見ていても、人によって見え方が違っているものなのです。 大切な人の視覚で世界を見渡せば、何を想い、何に関心をよせ、何に感銘を受けていたかを知る手がかりを得る事ができます。より深く、その方を理解できるのです。 覗いてみたいと思いませんか?亡くなられた大切な人が見ていた世界。 その世界を覗く事が出来る眼鏡こそが、この色眼鏡なのです。 「美穂子ちゃん、まさか、これを僕に勧めに来たの?」 驚いて、美穂子ちゃんを見た。 「そういう訳じゃないけど、たまたま見つけたから。それに、健太さんが心配だったしね。いつまでも、こんな生活している訳にも行かないでしょ?」 美穂子ちゃんはそう言うとお茶を啜った。 確かに、美穂子ちゃんの言う通りだ。僕はこのままでいいのだろうか?今まで何度もその問が頭に浮かんでいた。 自分でもこんな生活を終わりにしなければいけないと頭のどこかで考えていたのも事実。それでもなんとなく、腰が重くて分繰りを付けられなかった。 改めて人の口から聞くと、本腰を入れて、今の生活を考え直さなければいけない時期に来たのもしれない。素直にそう思えた。 「そうだよね・・考えてみるよ。」 もう一度、小冊子に視線を落とした。
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