菅原雄太の場合

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菅原は、早々に用事を済ませホテルを後にした。 自宅に戻るとすぐ、埃をかぶったままのパソコンデスクに腰を下ろした。 それから、骨とう品のようなパソコンの電源を入れた。 永い眠りから覚めたパソコンで、目についての情報を集め始めた。 目が見えないのは、眼球自体の異常が主な原因である事が分かった。 脳の視覚に係る部分に異常はないのだから、色眼鏡を作ることは可能かもしれない。 菅原は、食事を取る事も忘れ、夢中で調べた。 この感覚、初めてだ。 菅原は、自分の仕事に興味が沸いた。 次の日の早朝、滅多に行かない研究棟へ足を運んでいだ。 研究棟は廊下に窓が多く使われ、学校のような作りになっている。 廊下を移動しながら、外に目を向けると、綺麗に整備された芝生と、親会社の旗とこの会社の旗が誇らしげに並んでたなびいていた。 小さな門の先に、侵入を妨げるように立つ別棟の小さな警備棟には、チャックを待つ社員の群れが出来ていた。 その先には裏口の社員用通用口があり、厳重にチェックされた社員たちが、重苦しい表情で入って行くのが見えた。 この会社では当たり前の光景だが、この場所から見下ろしていると、優越感が湧き上がる。 「ああ、菅原さん。珍しいですね。」 研究チームの責任者を務める石黒さんと廊下ですれ違った。 石黒の髪はむさくるしいくらいに伸びていて、後頭部の一部の髪がピンと立っていて、石黒が動く度に楽しげに上下している。 こんな寝ぐせを付けている男のくせに、かなりのやり手で切れ者であるのは間違いない。 この会社で社長の次に給料をもらっているのは、他でもなく石黒だと、もっぱら噂だ。 「よかった。石黒さん。教えてほしいんですよ、全盲の視覚について。」 菅原は単刀直入に切り出した。 「へぇ、菅原さん。変わった事、言いますね。興味深いな。」 石黒は、目じりのシワを深くさせながら言った。 「全盲でも、脳の中に視覚の受け皿は損傷なく存在していますよね。色眼鏡も、作ろうと思えば作れますよね?」 「可能でしょうね。理論的には。でも現実的に作れない可能性はありますよ。現状で思いつく問題点は2つ。 脳の中の視覚に関わる機能が退化している可能性が高い事、 もう一つは、脳が使えるようになった視覚を理解できない可能性があってことですかね。 どちらの場合も、脳が視覚を認識してくれないと、移植したAI自体も機能しませんからね。後は、やってみないと分かりませんがね。」 石黒はいい人を絵に書いたような笑顔を浮かべたまま答えた。 石黒は普段から感情を表情に表すことを避けている。 いい人そうな笑顔の裏で、何を考えているのか分からない不気味さを菅原はいつも感じている。 だが、今回は菅原にもはっきりわかった。 獲物を狙う肉食獣な目を一瞬だったが見せた。 石黒の野心を感じ取った。 「やる価値、あると思いますか?」 菅原の問いに、 「研究者としては、興味がありますね。」 石黒の目が輝きを増した。 これは行けるかもしれない。 菅原自身、半信半疑だったが、この企画を立ち上げると決めた。
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