菅原雄太の場合

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リビングは狭くるしい空間だ。生活には到底に必要がないもので溢れている。貰い物だろうか、置物や無駄に多いキーホルダーに、グラスだの洒落た瓶に入ったお酒が、収集もつかず、リビングに所狭しと並んでいる。 女性は自分の城にいるからだろうか、さっきとは違いすっかり落ち着きを取り戻していた。 「息子は、康太は、全盲です。生まれた時からずっと、です。 菜の花の色も、桜の色も、落ち葉の色も、知りません。 それでも、康太は果敢に前に進んでいました。あの事故に遭うまで。 心臓が動きを止めるその瞬間まで、頑張った息子は、私たちの誇りです。」 女性は、重みのある荷物を置くようにゆっくり話し出した。 「あの、奥様。康太さんの脳を私たちに預けてくださいませんか? 先ほど、盲目の方でも色眼鏡が作れるとお話しました。理論上では可能です。ですが、実際の康太さんの目は、光を失っていましたから、色眼鏡を通して何を見せてくれるのか未知数です。 ですが、ご存命だったころの康太さんにも、好きな物を感じ、好きな物に触れる度に、どんな姿なのか、目に映してみたかったと思っていたはずです。 康太さんが見たかった物を見せてあげましょう。」 菅原の必死な説得が続く。 「康太が見たかった物ですかぁ。」 「そうです。盲目の方の脳は、普通の方よりも優れています。 これは周知の事実なのです。康太さんの脳の可能性を確かめてみませんか? お願いします。」 「私の一存では、お答えできません。主人に相談したいので、少しお時間を頂けないでしょうか?」 「もちろんでございます。次ぎ、お伺いする時は、ご連絡してから参ります。質問や疑問などがあれば、遠慮せずこちらの番号にお電話をください。」 奥さんは、菅原が差し出した名刺を受け取った。 奥さんは、心ここにあらずの状態でぼんやり、菅原の名刺を見ていた。
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