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次の日の夕方、色眼鏡屋企画部に田中と名乗る男から、菅原宛に電話が入った。
「菅原さん、田中さんとおっしゃる男性からお電話です。」
電話応対した若手社員が、菅原に声を掛けた。
田中さん・・ああ、旦那さんの方か・・。
昨日、訪ねた田中家のリビングが思い浮かんだ。
部屋の割に、物が多すぎる部屋は散らかっている感じではないが、きっちり整理されている感じもしない。
まさに実家に帰ったようなリビングだった。
「はい、お電話変わりました。菅原でございます。」
丁寧を心掛けた。
万が一にも失礼があってはならない。
「先日の話し、私にもお聞かせいただけないでしょうか?
盲目の子供の色眼鏡だなんて、にわかに信じられないんですよ。
妻を問いただしてもらちが明かなくてね。半信半疑っていうのが正直なところでして。だまされているんじゃないかと疑いました。
それでもですね、ふと思ったんですよ。康太が生きていた証が世の中に役立つなら、それもいいかとも思えるんですよ。」
「わかりました。こちらとしても、是非、お話をさせていただきたいです。
ご用命とあらば、いつでもお伺いする用意がございます。」
「そうですか。ご足労をかけて申し訳ないのですが、こちらへ来ていただけないでしょうか?」
「はい、分かりました。
田中様のご都合を教えていただければ、その時間にお伺いします。
いつ頃がよろしいでしょうか?」
「そうですね。明日の夜、自宅まで来てください。時間は8時でいかがでしょう?」
田中さんはとても礼儀正しい人のようだ。
話し方も丁寧で、落ち着いていて、言葉遣いも年配の男性にしては腰が低く、それでいて、相手に合わせるだけではなく、自分の主張もきちんと伝えている。
用心した方がいいかもしれない。
直感的に菅原は思った。
「分かりました。そのころにお伺いたします。」
「では、その時に。それでは失礼致します。」
田中さんは丁寧さに念を入れるように言うと、電話が切れた。
菅原の経験上、ここまでくれば、検体を提出してくれるはずだ。
だが、旦那さんの様子が気になる。
今まで、このナイーブな問題を終始冷静に話せる人など見たことがない。
田中さんは、冷静だった。何か引っかかる。
菅原は、この田中康太の脳を諦めたくなかった。
このご時世、盲目の人を探すのは困難だ。
神経や細胞はあっという間に再生出来るこの世の中で盲目の人を探す事自体、難儀だからだ。菅原は、万全を期すことにした。
「部長。明日、落ちそうです。念には念を入れておきたいので、付き合っていただけないでしょうか?」
「分かった。何時だ?」
「20時に自宅です。」
「住所と家族構成の報告してくれ。出来れば、出身地も分かれば頼む。行く前に確認しておきたい。」
「分かりました。お手数をおかけしてすみません。部長。」
「いいんだよ、これも仕事だ。」
相馬は、目じりのシワを深くするように答えた。
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