白石健太の場合

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5年前に法律が改正され、死者の脳の保管が義務化された。 脳の中には膨大な量の情報や記憶が蓄積しており、それだけでも十分価値があるのだが、その他にも、予感や感覚、想像、経験といった機械では測れない機能が備わっている。 すべてを加味して、考える力を確立しているのは、人間の脳以外には存在しない。 そこには無限の可能性が満ち溢れている。 人の脳とはつまり、何にも代えがたい貴重な財産だ。 現代では、脳の機能は多岐にわたって活用されており、おもにデータセンターや情報の分析や解析、シュミュレーションといった事に使用されている。 予感や感覚を併用する脳の解析は、闇雲に情報を解析するAIよりも、多少正確性に欠けるものの、効率的であり又、社会通念に合致し、より実用的であるとされている。 今では、AIと同等か、それ以上のシステムだ。 驚くほどに解明が進んでいる脳は、人類にいろいろな恩恵をもたらしている。だが、脳には致命的な問題がある。 保管されている脳は問題ないのだが、活用されている脳は、時間と共に劣化していく。 脳も歳を取るのだ。 歳を取った脳は、使い捨てにするしかない。故人を悼む遺族がいる一方で、消耗品として処分しなければならない現状がある。 解決策として特定者の脳をAIに移植する研究が盛んにおこなわれ始めた。 用済みとして廃棄することを避ける研究から派生した分野で、AIに脳移植するという取り組みは、新たな脳の活用方法として注目されている。 今の技術では、脳の記憶を解析し、取り出すのは不可能に近いが、いずれは記憶を動画処理できる日が来るかもしれない。 その日が来たら、記憶、アイデンテイテイ、思考が揃えば、死者と会話をする事も夢じゃなくなる。 今の技術ではそこまでは望めないものの、移植の精度も格段に上がり、故人がもつ思考や思想、好みといったパーソナルな意識が、AIによる精密な予測で可能になった。 簡単に言えば、脳の持ち主の記憶以外の主観をAIによって再現できる。 その完成度は高く、移植されたAIは、本人が感じているように体現できるという。 現段階では、脳のすべてをAIに全移植するには、まだ課題も多く、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚といった、一部移植の研究が主流になっている。 特に五感の中で、視覚と臭覚はほとんどの解析が終了しており、この技術だけが一般企業に売却された。 その恩恵を受けて、いち早く製品化に成功したのが色眼鏡屋である。
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