もしもし、お隣さん

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『いや、うるさくなどない。むしろ、そちらの声を聞き取るのに少々苦労しているくらいだ』 「そうですか。……よかったです。毎日、この壁にもたれて仕事の愚痴を言っていたので、もしかしてうるさかったのかなって心配だったんです」 『そうか。あれは仕事の愚痴だったのか。言語が違うから理解できなかったのだが、怒ったり悲しんだり、非常に情緒の乱れを感じさせる声の調子だとは思っていたのだ。働いていると、いろいろあるのだな』 「はい、そうなんです……うぅ、恥ずかしい」  壁の向こうの人は、ちっとも怒っていなかった。それでも、言語の壁を超えて自分の愚痴の何となくの意味が伝わってしまっていたことが恥ずかしい。その上、ねぎらわれてしまった。ほっとしつつも、微妙な気分になる。 (うわぁ……お酒飲みながら愚痴ってたから、何を言ったかあまり覚えてないよ。でも、「課長のハゲー」とか言ったりメソメソしたりを聞かれたってことなんだよね……)  壁に耳をペタリとくっつけた状態で、風花は悶絶した。冷静に考えると、恥ずかしすぎる。 『すまない。そろそろ時間のようだ。またさらに調整をして……』 「え?」  恥ずかしがり、悶絶しているうちに、壁の向こうの気配がふとなくなっていた。  これから壁の向こうの人と何を話そうかなどと考えていたからこその恥ずかしさだったのに。  その相手がいなくなって、羞恥だけが宙ぶらりんになってしまった。 「……調整って、何だろう?」     奇妙な言葉が気になったけれど、尋ねる相手はもういない。仕方なく、風花は床に落としてしまった缶チューハイとおつまみを胃に収め、シャワーを浴びてから眠りについた。
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