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狭い路地はまだ薄暗い。少し不安を感じたのか、絹は小声で唄い出した。
「鹿宮の子は、ようねんねする。
ここがおめえのふるさとな……」
幼い頃、乳母からよく聴かされた子守唄だった。絹の母は病弱で年中床で伏している有様だった為、幼少の絹には乳母が付けられていた。が、その乳母も去年亡くなった。
「鹿宮の子は、ようねんねする。
ここがおめえのふるさとな……」
さっきから同じ歌詞を繰り返す。おそらく唄には続きがあるのだろう。だが、絹は覚えていない。それでも、この子守唄が気に入っていた。
なぜか?
心が落ち着く。安らぐのだ。
しかしである。
この子守唄。不思議な事に、絹の周りにいる同い年の子たちは、皆そろって聴いた事が無いという。絹がこの子守唄を口にすると、「変な唄変な唄」と冗談混じりにからかってくる男子までいた。
(なんで、皆は耳にしたことが無いんだべえ?)
その度に、絹は疑問を抱く。唄の歌詞にも『鹿宮』と地名も付いているというのに。
「鹿宮の子は、ようねんねする。
ここがおめえのふるさとな……」
鹿宮の子守唄を唄えば唄う程、周りの者が遠くに離れてしまう様に思えてしまう。
奇妙だった。
ならば、唄わずにいれば良かった。
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