第二話 絹市

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 江戸へ通じる街道沿いに位置する鹿宮郷には、多くの旅人が脚を休めていく。季節によっては本陣や旅籠では足りず、馴染みの商人などは菊池屋に泊まっていく機会も多かった。その折には、絹は旅をする商人から江戸にまつわる話などをよく聞かされていた。山ばかりに囲まれた狭い鹿宮郷とは違って、江戸には海がある。大きな花火。歌舞伎や浮世絵、珍しい朝顔。女相撲まであると聞く。未だ行ったことの無い江戸は、とても魅力的に絹の心に映った。  ようやく狭い路地から広小路へと抜け出た。今朝、絹市が開かれる三杉通だ。既に複数の絹仲買商が通りに茣蓙を引いて簡単な露店を造り終えた頃だった。ちらほらと大きな風呂敷包みを背負った農民も現れている。皆、自分の家で織った絹布を持参しているのだ。  安政の頃では、大人数による分業体制は確立されていない。家の者数人だけで細々と、桑の木の栽培から絹布の仕上げまで、全てを手がけていた。 (何処だんべえ?)  絹はきょろきょろと首を回し、菊池屋の露店を探す。どの露店も特に看板など立ててはおらず、至極見分けづらい。が、じきに見知った顔に出くわした。前垂をした初老の男が粛々と作業をしている。菊池屋の番頭だった。 「正吉さんっ」  番頭の処へ絹は駆け寄った。声を掛けられた番頭はぬくりと首を上げた。手には使い古された算盤が。 「あれ、絹お嬢さん、どうかしたけえ?」 「もう、正吉さん。絹札、忘れたべ?」     
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