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絹は引いた茣蓙の前で腰を屈める。抱いていた三毛猫のギンを放すや、黒繻子の帯からひょいっと絹札を取り出した。しばらく正吉は呆気に取られていたが、絹札を忘れたことに気が付いたらしい。頭をポリポリ掻くや、申し訳なさげに絹に礼を言った。
無事に届け物をした絹はすぐに菊池屋に帰っても良かったが、正吉の邪魔にならないよう露店の後ろにある丸石に腰を降ろした。実のところ、あまり家には居たくない事情があった。
それは……。
下女のお常の事である・
菊池屋に奉公している下女のお常が身ごもり、もうじき子供を産みそうなのだ。
別にそれだけなら良い。ただその相手が問題だった。
相手はなんと、絹の父親、多左衛門。
内儀のお清は病床に伏せ、新しい子を産む望みは薄い。そこで、自分のところで奉公する下女に手をつけたのだ。
確かに菊池屋の跡継ぎとして、多左衛門の血を引く男子は欲しい。されど、奉公人の娘に手を付けるなど、それでは内儀があまりにも不憫である、と家人たちは蔭で主人を非難する。肝心のお清は何も言わずに床に伏しているばかり。
それでも表面上は大きな騒動へと発展しなかった。菊池屋に待望の跡継ぎができるならば、それに越したことは無い。皆、諦め半分だったのだ。娘の絹は、自分と同い年ぐらいのお常が父の子を身ごもった事に大きな衝撃を受けた。
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