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当のお常は腹が大きくなるに連れて、その態度も徐々に大きくなる。今や下女ではなく妾のような振る舞いを見せている。それが絹にとっては癪でならない。家に帰れば、お常に関わる用事を言いつけられるかもしれない、そう思うと絹は家路を急ごうとは思わなかった。
絹の心境を知ってか、番頭の正吉も多くを語らない。お嬢さんが一緒ならば、きっと客もいつもよりも多く来るべえ、とにこやかに微笑むだけだった。
やがて、定刻よりも少しだけ早く、絹市は始まった。
風呂敷包みを背負った農民たちは、それぞれ目当ての露店へと脚を進める。露店の茣蓙に絹布が置かれるや、絹仲買商たちは真剣な目で品定めを始めた。絹布一疋毎に単価が決まっているわけではない。絹布の出来具合に応じてその都度、両者の間で値段交渉がなされるのだ。
菊池屋の露店でも、番頭の正吉が慣れた手つきで持ち込まれた絹布を品定めしていた。白地の布を親指と人差し指でしごく。キュッキュと鳴れば、出来の良い絹布である証だった。
「うん、なかなかこいつは良い出来じゃ」
と、番頭の正吉。
今度は算盤を弾く。引き取る値段を提示した。
「せやあねえ」
相手方は満足げの顔を浮かべ、すぐに承諾してきた。実のところ、絹布を市に持ち込む農民たちの間では、合言葉があった。
『菊池屋は、主人ならば通り過ぎろ。番頭ならば腰降ろせ』
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