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主人の多左衛門が目利きする時は、質が良かろうと悪かろうと必ず値を低く示す。できるだけ自分だけが儲けようとする腹心算が見え見えなのだ。
されど、番頭の正吉は違った。
目利きにも優れ、絹布の状態を正確に言い当てる。そして、それに応じた適切な値を出す。絹布を織った者へ感謝の念と敬意を示しているのだ。丹精込めて織り上げた農民たちにとって、どちらに絹布を見せたいかは言うまでも無かった。
今朝の菊池屋の露店には、多くの農民で列をなしていた。絹も正吉を手伝う。買い上げた絹布をまとめ、店の風呂敷包みに仕舞いこむ。出来たばかりの絹布の手触りはとても気持ちよいものだった。
絹布を買い上げた正吉は、代わりに絹札を一枚ずつ農民に差し出す。霜月の初めではまだ菊池屋も現金を十分には用意できていない。鹿宮郷に店を持つ菊池屋は、絹布を買い付けるための資金を江戸の呉服問屋から調達している。江戸呉服問屋から白地の絹布の注文を受け、前払いの形で現金を受け取るのだ。だが、江戸の呉服問屋も今年の出来栄え如何では注文の量を増減してくる。その様子見の期間は、菊池屋は絹札を発行して凌いでいたのだ。
空はだいぶ明るくなってきた。
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