第一話 嵐の夜

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 出産を終え体力を使い果たしたにもかかわらず、若い女は必死の形相で、産婆から自分の赤子を取り返そうと躍起になっている。その拍子に右手から小さな石がポロリと零れ落ちた。安産に効くと伝えられる《子石》と呼ばれるものだった。 「よさんけえ! これじゃ、おろぬくことができんよ」  赤子を母親に渡そうとしない。産婆は経験上知っていた。  ひとたび、母が赤子を抱けば愛情が沸き起こる。産婆の手によって殺される様を黙って見過ごせなくなるのだ。伸びる母親の手を懸命に払いのけながら、狭い産屋を見回す。  産屋の中は細い蝋燭が二本ばかり、ひどく薄暗い。  片隅にはもう一人……  居た。  老婆がじっと座って居た。腰元に使い古された一本の木杖が転がっている。  腰から酷く曲がった背中。  白髪の頭に、皴だらけの顔。  閉じていた瞼がゆっくりと開く。ギロリ、眼が鋭く光った。 「お鶴。いいからかんよ! 産婆を困らせたらならねえ」  老婆は出産を終えたばかりの若い女を叱りつける。唾が飛んだ。 「おめえだって、おろぬくって、よう分かっていたはずだろが!」 「婆様……だけんど」  老婆の声に圧されてか、お鶴と呼ばれた若い女は一瞬たじろぐ。お構いなく老婆は続けた。 「だけんど、じゃねえ。村でもう決まったことだべえ。破るはならねえ」  時は、天保十一年(一八四○年)。  全国的に渡って凶作をもたらした、天保の飢饉がようやく終息して間もない頃である。     
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