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山深く、わずかな畑地と桑木しか無いこの村でも、冷害によって農作物は壊滅的な被害を受けていた。
蔵に備蓄していた麦、粟、稗などは底をつき、麓の町から新たに食料の調達できる目途さえつかない。次にまた大きな飢饉に襲われたら、村人は皆そろって餓死を免れない状況にあった。そこで食い扶持を極力減らす為、今年生まれる赤子は皆そろって子返しすることを、村人たちは密かに示し合わせた。
藩の役人たちは、将来の働き手を減らさんと、子返しの禁止を命じてくる。故に、知られてはならない。極秘の決め事だった。
お鶴も村の事情はよくわかっていた。自分だけが我がままを言う訳には行かない、と出産前には何度も言い聞かせていたはずだった。
しかしである。
産まれてきた赤子を見て、その泣き声を聞くや、固かった決意は大きく揺らぐ。
この世に産まれてきたばかりの赤子が、自分の目の前で無残に殺されてしまう。それは母親になったばかりの女にとっては地獄そのもの。
産む前に十分承知していたはずも、実際は違った。
これほどまでに耐え切れないものとは思っていなかったのだ。
通常、子返しをする女は、既に二、三人の子供を産み育てている。これ以上は産めない。産みたくない。と云ったそれぞれの家の事情によって子返しに及ぶのが通例だ。
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