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拒絶する老婆に、それでも強く詰め寄るお鶴。両者の迫力に粗末な造りの産屋は震える。やがて、何事も無かったかのように静まり返った。
不意に赤子の泣き声が聞こえた。
産まれて間もない赤子は、名前も付けられず、母親にも抱かれないままに儚い生命を絶たれようとしている。だが、己の運命さえも知らない赤子はただ懸命に泣くばかりだ。
寂しげに、呟くように、声を出したのは老婆だった。
「お鶴よ。《カエゴ》に出したらば……もう二度と抱くことはできんぞ」
ジジッ……。
その時、蝋燭の灯りが不穏に揺らめいた。
「《カエゴ》に出したらば……おめえは決して名乗ることもできんぞ。お鶴」
「婆様や! そいつはならねえ。お鶴だけ甘くできねえよ!」
今まで傍観していた産婆が思わず抗議の声を上げた。されども、老婆はものともしない。
「おめえは、黙ったけえ!」
逆に、産婆を鋭く一喝した。
両手をついて、お鶴は必死に懇願した。
「ワシはそれでも構わん。構わん。ワシの赤っこさえ生きてくれさえすりゃ」
強い目で何度も何度も頷く。
どっこいせ、と老婆は杖を手に取るや、腰を上げた。フラフラと赤子に近づく。皺くちゃな手で、産まれたばかりの赤子の頭を優しく撫でた。
「お鶴の赤は、もじっけえなあ。もじっけえ」
まるで孫を前にする様に目を細める。老婆は非情になりきれなかった。
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