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第二話 絹市
嵐の夜、山の女お鶴が赤子を産んで、十七年もの月日が流れた。
時は、安政四年(一八五七年)。
霜月の一日。
「まったく本当に勝手なんだから」
そう呟きながら、小走りで路地を進む、年頃の娘がいた。
娘島田の頭には紅い簪。唐桟模様をした藍色の小紬を身にまとう。器量よしではあるが、気の強い性分が顔ににじみ出ている。
鹿宮郷の絹仲買商、菊池屋の娘。
名は、絹といった。
霜月の早朝、明け六つ過ぎ(午前六時頃)では、とってんこうは未だ鳴かず、通りはぼんやりと薄暗い。
絹は朝めしも済まさず急いでいた。
向かう処は、三杉通という名の広小路。もうじき通りには露店が立ち並び、絹布だけを取り扱う市が開かれる。開かれる日取りは藩からの達しによって、一と六のつく日と昔から決められていた。今朝は、絹市の日であった。
鹿宮郷は、武蔵国の奥、四方山に囲まれた盆地にある。
お陰で強い風にも吹かれることなく、雨にも恵まれている。
が、いかんせん稲作を行なう田が殆んど無い。しかも砂利を多く含んだ地であるため、麦や稗、野菜さえもろくに育たない。
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