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傘
聡美は覚悟を決めていた。
思いのまま、流されるまま身を委ねてみようと。
『お久しぶりです。今度、食事でもしましょうよ』
古坂光輝とは、そんなメッセージを送る事のできる仲だった。
二人でというのは初めてだったけれど、不自然ではないだろう。今月で退職する元上司を食事に誘う。聡美は少しの緊張感とともに送信ボタンを押した。
『一年ぶりかな? 元気だった? いいねぇ。ごはん行こうよ。なんかデートみたいだね』
光輝の返事は軽い。ニ・三のやりとりをした後、二人は駅で待ち合わせをする約束をした。
窓を見る。その日は朝から曇りだった。
直撃ではないものの台風が近づいているらしく、時折木々が強く揺れている。
傘を持って、駅へと向かう。
聡美はいつも待ち合わせの五分前には到着する。
そこに光輝の姿はなかったが、それは想定内で、光輝の性格を考えたら少し遅れるくらいが普通だと思っていた。そして、出掛ける時に雨が降っていなければ、きっと傘は持たない。
「ごめんね、待たせちゃって」
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