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「そんな事じゃ息が詰まるんじゃない?外に出てみたら」というのは母からの言葉で、子供を保育園に預けることには一抹の不安があったものの、元々働く事が好きだった事もあって、夫の転勤が決まるまでの五年間、パートタイマーとして勤務した。
パートといえども、勤続年数的には聡美のほうが上なので、光輝が入社して間もない頃は、聡美がアドバイスする場面もたびたびあった。社員食堂で顔を合わせれば昼食を共にし、光輝にとってはパートで働く聡美たちの意見を吸い上げる良い機会となり、聞き上手な光輝はパート仲間の主婦たちにいつも囲まれ、その時間だけは聡美に限らず皆、上司という概念を超えて会話をしていた。
子供が熱を出して早退しなければならない時も「俺は子供いないからわかんないけど、大変だね」そんな風にいつも声をかけながら、嫌な顔ひとつせず送り出してくれ、そのたび、光輝への信頼感が高まっていくのを聡美は感じていたのだった。
「もう連日飲んでるんだよね。最後だからーって、みんな誘ってくれてさ、そしたら断れないじゃん」
光輝は赤ワインを大して美味しそうな感じをみせるでもなく口にする。
「いよいよ今月なんですね退職。辞めた後、どこ行くって言ってましたっけ?」
「ベルリン」
「古坂さんてドイツ語も話せるんですか?」
「いや、英語とスペイン語だけ。でも、彼女が話せるから」
『彼女』その言葉に一瞬固まった。え、いつの間に、と聞く前に光輝は説明をはじめた。
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