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それは古くからある本屋のもので、今まで何度か見たことがあったにも関わらず、初めて見た時にも感じ得なかった感情を聡美は抱いた。
壁画を見て思ったのは、小学生の息子のことだったからだ。
「聡美さん、大丈夫?」
「えっ……」
「帰ったほうがいいんじゃない」
光輝はそっと傘を聡美の手に返す。
「天気ヤバイから。この後帰るの大変になっちゃう」
「あ……そうですね」
これで、最後なんだ。
「じゃあね、俺 一時でも聡美さんと一緒に働けて楽しかった」
握手を求める光輝に聡美は応える。
この手の感触をいつまで覚えていられるだろうか。そんなことを思いながら不自然にならないよう、適度に握って、静かに放す。
「じゃあ、またいつか」
聡美はそう言いながら、その時は二度と訪れないような気がした。
二度と。
そう思ったとき、考えるよりも先に呼び掛けていた。
「あの」
「ん?」
光輝は穏やかな笑みを見せている。
「今日会って、再確認しました。やっぱり私、古坂さんのことが好きです」
自分でも驚くほど素直に口にしていた。
けれど口にした直後から一秒毎に恥ずかしさが募ってくる。思えば自分から誰かに好きだと言った経験などなく、取り返しのつかないことをしてしまったような気になった。足元に視線を落とすと、雨に濡れたパンプスが目に入る。聡美はただただその一点を見つめる。
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