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  それくらいでいいかもしれないと、いつか亜子姉に言われたことがある。今は、と。 さほど行動的じゃなく、人見知りをするため交遊関係もあまり広くない清香さんが、この喫茶店を気に入り、俺や親父とも打ち解けてきたのを喜んだ亜子姉にそれを言われたのは、三ヶ月前のことだった。 「清香は、難しいかもよ」 俺の作ったパフェを食べ、最近太ったのはこの店のせいだと拗ねたふうの清香さんに裏で悶えていた翌日のこと。最近は二人で来店ばかりだったのが、珍しく単身乗り込んできた。 なんとなく、そんなふうには感じてた。 打ち解けてくれば、会話の深度は増していく。 以前、清香さんは結婚していたのだと知った。隠していることじゃないからと、何かの会話の流れで本人が話してくれて。落ち着きを取り戻すための癖なのか髪を指で弄る仕草に、何故か俺が傷ついた。清香さんはもう元旦那のことも、結婚のことも引きずってないらしいというのに。本人だってそう笑ってた。 「子どもが……」 愛おしい存在も、いなくなってしまったらしい。産声をあげるよりも、ずっと前のこと。離婚との因果関係は、亜子姉も聞けてないらしい。知ってても、俺にまで伝えられることじゃないのは当然だけど。 「このまま放っといたら幸大はそのうち、清香と幸せな家庭を築きたい子どもも沢山とかプロポーズしそうな勢いだったから……牽制。……ごめん」 誰に対してのごめんだったのかは訊かなかった。 清香さんは、きっと俺が知っていることを、知らない。 閉店後、集めたゴミを外の回収場所に置いたあと、俺はそんなに清香さんに惚れてしまってるのかと自問自答する。わかりやすいらしい俺は、亜子姉から見るとそんなふうで、それは、真実なんだろうか。……そりゃあ歳でいったらおかしくはないけど、俺はまだまだ修行中の身だし、清香さんより五歳下で頼りなくて経済的にもまだまだだし結婚なんて。いやそもそもそういう対象でもないし相手にされるかどうかも……。清香さんの過去にだって、俺そこまでこだわれてないのに好きとかってないんじゃないか、などとも。 ……本当は違うのか? 突きつけられた俺のものらしい気持ちに、果たしてそうなのか間違いなのか。どれだけ考えても答えは見つからなかった。
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