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清香さんは決して泣きはしなかった。だから俺は、唯一触れたこぶしを優しく撫でる。
「幸大くんに話したのはね……幸大くんなら、私に何も言えないのわかっていたから。だって幸大くんは、私のことを少しだけ知っていて、少ししか知らなくて、そういう中途半端加減にためらって何も出来ない人。それでいて私に優しくて。だから」
どこまで見透かされてるんだろうか。
清香さんは、ずるい人だ。こうして手を引けば抵抗もしないなんて本当に。
心の深部まで乗り込んでくる、亜子姉みたいな近しい存在にはまだ踏み込まれたくない。だってそんなことになったらきっと崩れ落ちて歩くこともままならなくなりそうで。
今は、まだ。
弱くて儚い部分が、まだ多くを占める。そんなほどに立ち直れてないくせに、それよりも日々を普通に過ごせることを優先したい。落ち込みを、少しだけ浮上させてくれる俺みたいなのを楽だから求める。今の清香さんを否定も叱咤もすることの出来ないていどの適当な距離の、優しくすることしか思いつかない人間。切り離しても、さほど痛まない存在。
ごめんね、とは言われなかった。
俺はきっと許してしまうだろうから。
ごめんねと、清香さんは決して言わなかった。
清香さんはずるい人だ。
憧れだけだと思ってた俺の想いを無理矢理進化させてきた。
まあ、想定外だったのかもしれないけど。
この人を抱きしめたいと思ってしまった。全てを包み込んでしまいたい。
清香さんの憂いがひとつでも多く晴れますように。忘れられることじゃないのは承知だ。けど、自分にはもう何もない、起こらないなんて顔しないでほしい。冷めた自分をもっと赦してもいいじゃないか。そうすれば、俺みたいのがいなくても楽に生きられる。俺も加えれば、もう少し楽に生きられる。
清香さんが幸せでありますように。願ってしまう俺は、彼女にしてみたらいらない人間でしかないんだろう。だから決して口にはしないけど。
俺で出来ることなら全てする。けど、一秒でも早くと焦る心が、願った。
――END――
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