前日譚/青嵐の階(きざはし)

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「──……先生?」  そうやって物思いに沈みながらも、最低限の業務は果たしていたらしい。  呼びかけに意識を掬い上げられたときには、大半の生徒のすがたはすでになく、教室には帰宅部らしき生徒が数人、楽しげに身を寄せ合って飽くことなく話に花を咲かせているだけだった。  それから、もうひとり──いつの間にか教壇の傍らまで来ていた萱島千景が、貫井の様子を認めて怪訝そうに声を上げる。 「大丈夫ですか? さっきからずっと、心ここにあらずって顔をしていましたけど」 「……いや、何でもない。それより、八神先生から今日もさっそく指導要請だ」 「ああ……ですよね。放課後、生徒指導室にって、さっき八神が」 「八神じゃない。呼び捨てじゃなくて、ちゃんと先生を付けろ。──悪いが、一件用事を済ませてから向かう。先に行っててくれ」  すぐ間近からあてられる千景の眼差しを避けるようにわざとぞんざいに応じると、了解、とつぶやいた彼がかすかな笑みを残して教室から出ていく。そのすがたが廊下に消えていくのを確認してから、貫井は自分が緊張していたことに気付いて小さく自嘲した。  ……生徒相手に、いったい何をそんなに身構える必要がある?  持って生まれた気質にもよるものか、ふだんめったなことでは動じない自分の、らしくない心のありように首を傾げつつも、とっさの口実に使った時間を稼ぐためにわざとゆっくり歩を進める。  ──さっきからずっと、心ここにあらずって顔をしていましたけど。  特別棟に続く渡り廊下の途中、中庭に植えられた木々の新緑が風に翻るさまを眺めながら、貫井はふいに先程、その原因である張本人から言われた言葉を思い出す。
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