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「……何故、あんなことをした?」
そこにある真意を探ろうとするかのように、貫井が千景の瞳を覗き込む。そして、そう詰問する声にもまた、明らかに怒りがにじんでいて、そのことが何故かむしょうに嬉しかった。
──もうずっと長いあいだ、自分はこの男の感情に触れてみたいと思っていたから。
たとえそれが、どんなたぐいのものだとしても。
「別に、理由なんて必要ないんじゃないですか? ただそうしたかった、それだけです。先生だってそうでしょう? 女と寝るのに、いちいちそんなことを考えますか? ……ああ、すみません。女じゃなくて柚原先生ですね」
柚原という名前に、それまで透徹と向けられていた貫井の眼差しにふと動揺の色が走る。それを見て、千景のなかで何かがぎしりとみにくい音を立ててゆがんだ。
──貫井と柚原が、この生徒指導室で抱き合っているのを偶然見てしまったときから、千景は彼女を憎んだ。そして、彼に想われていてもなお、ときどき生徒に媚びを込めた視線を投げる柚原を心の底から嫌悪した。
その御しがたい思いがいつしか汚泥のように溜まり、そしてあふれ出したとき、千景は柚原を誘い、放課後の特別教室で身体を重ねた。指を食いこませた白い肌が、吐き気がするくらいやわらかかったことを覚えている。あの日も、今日みたいにとても暑い、夏の終わりの夕方だった。
けれど、彼女の華奢な身体を抱きながら千景が考えていたのはただひとり、貫井のことだった。──今、目の前にいる、この男のことだけだった。
「……彼女のことが好きだったからじゃないのか?」
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