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今、柚原のことを彼女、と呼ぶ貫井は、担任としてではなく、ひとりの男として千景に接しているのだと気付く。それなのに彼は、まだ自分自身、その境界線を決めかねているようなことを言った。
「もしそうなら、おまえのしたことは間違っている。……あんな方法じゃ、彼女もおまえも傷つくだろう」
彼の言葉に、ふいに苛立ちが全身を支配する。
……俺のことなんか、今はどうでもいいはずだろう?
「……逆ですよ。俺は、柚原が嫌いです。それに、自分のことも嫌いだから、嫌いな女と寝たところで傷ついたりなんかしません」
うそぶいて、ふたたび唇に笑みを繕う。それを最後に、おもむろに沈黙がこの狭い部屋を飲みこんだ。
今の発言に、貫井がどんな反応を示しているのか確かめたかった。でも、何故かその顔を直視することができなかった。彼の瞳のなかに、自分に対する侮蔑と失望の色が表れているのを認めてしまうのが怖かった。
……自分から仕掛けたことなのにな。
口許の笑みが自嘲に変わる。
でも、これくらいしなければ、諦めることができなかった。
想われないのなら、いっそ嫌われて彼の心に残りたかった。いずれはきれいに忘れ去られてしまう担任生徒のひとり、そんな中途半端な立ち位置なら最初からほしくなかった。
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