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男に憑いている悪魔はマルコシアスを知っているようだが、焦ったりする様子はなかった。 下級のヤツじゃないのか? ジェイドは、聖油の瓶を手に取り、指先につけると、男の額に十字を描いた。 くっ と 小さく、男が呻く。 「ヨハネ。 “ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。 私たちは この方の栄光を見た”」 ジェイドが福音の朗読を始めると 男の額には汗が滲む。 「“父の みもとから来られた ひとり子としての栄光である。 この方は 恵みとまことに満ちておられた”」 剥き出した歯をギリギリと軋らせ ジェイドを、呪意を込めた眼で睨んでいる。 ジェイドは十字架の下で男を見下ろしながら 「名を言え」と(めい)じた。 男は、歯を軋らせるばかりだ。 聖水を振り、主の祈りを始めている。 「天に おられる私たちの父よ み名が聖とされますように み国が来ますように」 「... やめろ」 男が歯を剥き出したまま、ジェイドに言う。 「みこころが天に行われるとおり 地にも行われますように」 「やめろ!」 息を荒げて、一度 白濁した眼を ジェイドの背後に架かる磔の十字架へ向けた。 「わたしたちの日ごとの糧を今日も お与えください わたしたちの罪を おゆるしください... 」 男は、祈りの途中で暴れ出し 危うく足蹴りされそうになって、少し焦って体勢を整えた。 なんとか両足首を捕まえたが、嘘みたいな力で また手を離しそうになる。 「... 琉地」 ルカが 小声でコヨーテを呼んだ。 ルカの妹が悪魔に憑かれたことがあるらしくその時に儀式に立ち会ったせいなのか、幾らか冷静だ。 急に暴れることも予期していたようで 男の背後から、拘束衣ごと抱き止めて固定している。 白い煙となって男の上に現れた琉地が 男の腿の上で腹這いになり、オレの補助をしてくれた。
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