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「人の足で、よくこのような処へ入ったものだ」
途中に、東屋みたいな
柱と屋根だけの小屋があって
半分に切ったドラム缶が置いてある。
鬼は、近くに積んである薪を何本か入れると
口から ふうっと炎を吐いて、薪に火をつけた。
あの炎みたい 御不動様の
「鹿狩りに来て、人に会うとは」
鬼は、この隣の山に住んでるって言う。
「寒かろう。よく当たれ」
言われるままに、ドラム缶に近づく。
暖かい。
どうして、さっきまで寒くなかったのかしら?
「俺は、茨木だ。お前の名は?」
「如月、沙耶夏」
「“沙耶”、か... 」
ぱちぱちと、小さな火が はぜる。
煙を 見上げると、凍った月が浮いてる。
「気更来か。もう直だな」
「どうして?」
今は 二月だわ。もう如月なのに。
旧暦なの? それなら 三月頃だけど...
「梅や桜の時期であり、陽気が更に来る。
そういった時期だ。美しい名だ」
鬼も、氷の月を見上げる。
「何故、あのような者に ついて来た?
死にたいのか?」
「彼女は、私の母と、主人を殺したの」
「ならば、お前は 生きて護れ。
もう そのようなことを繋げるな」
炎の向こうで、鬼が 私を見つめる。
「出来ぬというなら、俺がお前を喰ろうて
繋ぎを絶ってやる」
ぱちぱちとはぜる音と、頬にあたる炎の熱。
私は、急に鬼が怖くなって、身体が震えた。
私を食うと 言ったからじゃない。
私、何してるの? 何をしようとした?
かちかちと 奥歯が鳴る。
鬼は、鹿を地面に置くと
炎を回って 私に寄って来たけど
私は身が竦んで 動けない。
そこで意識が途切れて、目が覚めたのは
お店のカウンターだった。
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