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「出てきた。掴め、泰河」
「おい... 」
うんざり という顔で、泰河くんは
彼女の口から突き出た手を、後ろから掴んで
彼女の前に回って来た。
黒い小さな手を、両手に掴み直すと
乱暴なことに 彼女の胸を蹴るように片足で押して
黒い手の主を引っ張り出す。
彼女の口は、嘘みたいに開いた。
頭が後ろに反り切って、見えないくらいに。
黒い手の主は、背や肘の上、脚の膝の上が
鱗で被われていて、眼だけが白かった。
縦に切れたような鼻の穴の下には、耳まで裂けた
細く尖った歯が並ぶ 口が開いている。
「水虎?」
「えっ、すげぇ!」
朋樹くんが、また桜の枝に人差し指と中指を付けて、呪文みたいなことを ぶつぶつ言うと
桜の枝から、別の細い枝が しゅるしゅると伸びて
泰河くんの手の水虎を絡めとっていく。
「そのまま持っとけよ。先にこっちだ」
朋樹くんは、桜の枝を手から離すと
彼女に向き直った。もう、水は吐いてない。
「あんた、もう死んでるだろ?
見苦しいぜ いつまでも。消えて無くなれ。
掛けまくも畏き伊邪那岐の大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に... 」
内から光に燃やされるように、彼女が消えた。
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