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ルカが女の額に書いた文字は “苦” だった。
「じゃあ、泰河。頼むし」
「おう!」
一昨日 洗車したばっかなのに、手形べたべたつけやがって。
さっさと正気に戻して浄化してやるぜ。
右の指先で、文字だけに触れると
文字が、しゅう と音を出して消える。
女は、血走り見開いていた眼を瞬きさせ
ハッとしたように、目の前にいるオレを見た。
実体を伴ったかのように見えた女の身体は
最初 見たように、また半透明に透けている。
「琉地」
ルカが呼ぶと、精霊は女の口から白い煙となって出て、ルカの隣でコヨーテの形になる。
『......... 』
女は、ルーフに張り付いたまま
オレとルカを見比べ、自分の格好に気付き
無言で そうっと体勢を変え、ルーフに正座した。
正気に戻ったようだ。
「お姉さんさ、なんで こんなとこにいるの?」
ルカの質問に、女は首を傾げた。
『ここ、どこなんですか?』
本人が わかってねぇのかよ。
「会社とかが何社か入った、ビルの地下駐車場だよ」
詳しい住所も教えると
『ああ!』と、思い当たったように言い
『このビルの前で、事故に遭ったんです』と
笑う。
「えー? そんな事故あったかな?」
詳しく話を聞いてみると
女が事故に遭ったのは、6年も前だった。
『黒い車でした。犯人に文句が言いたくて』
オレの車も黒だ。
犯人の車を探している内に、黒い車を追って
この駐車場にも紛れ込んだようだが
次第に、自分がどこで何をしているのかも
自分が誰だったかすらも、わからなくなっていった という。
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