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召喚と事件01
一瞬だけ、体の内側を風が吹き抜けるような感覚があった。
「これは……」
足元には赤い絨毯が敷いてあり、靴底の沈む鈍い感触がある。
白昼夢なんかじゃない。現実だ。……たぶん。
俺たち2年7組は、金の装飾などで彩られた豪華な一室に立ち尽くしていた。あまりにも唐突だったので、ざわめきはあっても意味をなす会話はどこからも生まれない。俺たちの会話を除いては。
「うーん。タイムスリップ? 異世界召喚か?」
俺の肩に置いた手を退けつつ応えたのは、重久歌春(しげひさうたはる)だ。
俺も歌春もオタクなので、早々に事態を把握していた。そして小声で情報の整理を行っている。
「嘘だろ……もしかしてこれ……」
「……永朔(えいさく)。混乱してる感じで、俺は囲ってる奴らを見る。お前はクラスメイトを見ろ。気になるやつがいたら知らせてくれ」
「え?」
俺の言葉に歌春は小さく頷き答えた。
「いいから」
これは……たぶん、異世界転移だよな。
世界を救うためとかそんな理由で、よその世界から人員を召喚するやつ。
さっそく俺たちは混乱を装って周囲の様子を観察した。
ヒエラルキー上位団体。
混乱し、周りの友達数名と状況を理解しようとあたふたしている。
ヒエラルキー下位団体。
混乱している者はいる。
他に、明らかにテンションの上がっている者が数名。
俺らと同じく、召喚されたという状況に思い至っているのだろう。
そして興奮を抑えつつ周囲を観察する者もわずかに居る。
オタクで、なおかつ異世界転生、転移モノを読み漁った玄人に違いない。歌春みたいなタイプだろうか。
しかし、それは異常ではない。
オタクどもの反応がおかしいことは確かだが、ありえない反応ではない。
「……」
数メートル離れたところに立つ、一切の戸惑いを見せず、興奮している様子もない男子生徒。
そいつは瞬時に俺の視線を感じ取ったのだろうか、こちらをわざと見ないように視線をあさっての方向へ向けた。
堺悠人(さかいゆうと)。
運動能力も学力も、恐ろしいほどに普通。
顔はやや整っている。オタクではないようだがぼっちだ。
性格が悪いわけではないが、なぜか人と距離を置きたがるところがあるように思う。
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