1-3 心頭滅却すれば火もまた涼し?

2/7
前へ
/622ページ
次へ
 その日夢を観た。今まで見たことのない夢だった。 『もうあかんわこの子は!』  年配の日本髪を結った女性が、俺を叱っている。なんで叱られなければいけないのか、理由が解らない。それより、なんでこの人は関西弁を話しているのか? 『すんまへん! すんまへん!』  なんで謝ってるのか、なんで涙を流して泣いているのか、なんで関西弁なのか。 まったく意味が分からない。  でも、俺を叱る女性を止める男の声にハッとした。 『いじめんといて!可哀想や!』  それは、いつも見ていた夢中で聞く声と同じ声。彼は誰だ? 確認したかったが、その声の主の顔は涙で滲んだ目には見えなかった。 『若旦那(わかだん)さん依怙贔屓はあきません! 明日の朝までこの子、蔵に閉じ込めておき!』  その言葉通り、俺は自分より背の大きい男の人に引っ張っていかれた。 向かった先は、暗くて狭い蔵。そこに閉じ込められた。  また涙が出始めた。なんでこの夢の中の俺は、泣いてばっかりいるのか。内心呆れてたが、涙は止まらない。しばらく泣いていると、明り採りの窓から何かが投げ込まれた。涙をぬぐいそれを手にとって中を見てみると、懐紙に包んだ饅頭だった。 『……それ、食べ』  聞こえてきたのは、さっき自分を助けようとしてくれた人の声だった。 『……おおきに』  饅頭を口いっぱいに頬張った。空腹の腹に、冷えた心に、甘い饅頭が沁みた。 『おまはんは悪ない。すまんな、助けられへんで……』 『……若旦那(わかだん)さん、おおきに』  なんだろう、この不思議な暖かい、でも苦しい気持ちは。  あの人の名を呼びたい。あの人の名前は……  目が覚めた。 目に見えるのは、いつもと同じ天井。  あれはなんの夢だ? いつも見ていた夢と関係があるのか? 顔が見えないあの人。あの人は誰なんだ……  でも、あの声は…… 夢の中以外でも、どこかで聞いたことがある声だった……
/622ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加