3.ジレンマ

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「それから」  もう会話は終わったのだと完全に油断しきっていた私はかなり慌ててテキストから顔を上げて隣の彼を見た。その瞬間、額にトンっと軽く一瞬だけ何かが当たる。 「眉間の皺」  それだけ言って、今度こそ彼は目線をテキストデータに戻した。彼と、その周りで浮遊する画像データを見ながら、きっと私は一瞬顔を取り繕うのも忘れて間抜けな顔をしていた気がする。  テキストデータを空中で滑らかに扱う彼の綺麗な長い指を見て、ああさっき額にあたったのは彼の指かびっくりした、とどこか他人事のように思う。  そんなに分かりやすく眉間に皺が寄っていたのだろうか。   軽い衝撃がきた部分を何となくさすりながら横目で横を伺うと、一瞬だけ成美と視線が絡み合った気がした。次の瞬間には成美はまっすぐ講義室の前の方に向き直っていて、私も額に当てていた手を下ろす。  後ろでは瀬尾とその取り巻き達がざわめきの余韻を残し、私たちの間には少しの沈黙が満ちる。
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