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「拓海くん」
ありがとう、とテキストを受け取りながら言うと彼は頷いただけで何も言わず、私の隣に一つ席を空けて座った。
どういたしましての一言もないのが彼らしい。
机の前に立ったままの瀬尾とそれと対峙している私、何事もなかったかのように静かにテキストデータをいじりだす隣の拓海くんという構図に何となくいたたまれなくて、私は席に座った。
「で、あんたはいつまでいるの? もう講義始まると思うけど」
拓海くんが顔を上げ、淡々と瀬尾に尋ねる。その気配に気圧されたのか、瀬尾は肩をすくめて踵を返した。
「拓海くん」
そっと呼びかけると、彼の形の良い切れ長の目がこちらを向いた。その眼に射すくめられている感覚に陥りながら、多分マスクのおかげで私は平然と話ができている。
「今日は友達と座らなくていいの?」
後ろにほら、成美たちいるけど。
後ろが怖くて振り返ることができない。曖昧に後ろの空中を指差すと、拓海くんはくるりと後ろを向く。
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