家属食堂の人々

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*** あれから志咲の成長は緩やかなものとなったが、それでも歯がはえ揃った頃だった。 八月初旬の日曜、二十二時をすぎて風見は店の片付けをし、飛鳥が今朝変え損ねた神棚の榊の水を変えていた時、入り口の戸を引く音がした。 「あーすみません、もうお店終わってまして…」 「ああ、客ではないんです。申し遅れました、私は井上と申します。お預けした赤子の親戚の者です」 入り口に立つ英国風のスーツを着た男性が、トランクを片手にハットを外して一礼した。 五十路中頃の風体で、白髪まじりの頭に人の良さそうな顔をしていた。 神棚用の台から降りた飛鳥は、男性の方へと駆け寄った。 「…え?え、本当ですか?」 「はい、あの子の大叔父です」 「失礼ですが、それを証明できるものはありますか?」 カウンターから風見も出て来て、飛鳥の隣に並んだ。 夜も深い時間、いきなり現れた親戚を名乗る男には怪しさしかなかった。 「ああ、怪しまれて当然です、こんな時間に訪ねて来る人間は常識が無さ過ぎる。しかしそれこそ証明です」 そう言うと同時に、男性の頭に志咲と同じ犬耳があらわれた。 「当方人間ではございませんので、その点ご容赦ください。ほら、同じでしょう?」 自分の耳と座敷席で眠る志咲を交互に指差す井上に、二人は驚いて声も出ずしばし固まった。 志咲で見慣れていたとはいえ、別個体に出会うとまた別の驚きがあった。 この種族が存在しているのだと。 「じゃあ本当に…?」 「志咲の親族だと」 「ええ、志咲がお世話になりました。これはほんのお礼です」 井上は手にしていたトランクを目の前のテーブルに置いてこちらを向け開いた。 そこには見た事もないほどの札束が入っていた。
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