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あれから志咲の成長は緩やかなものとなったが、それでも歯がはえ揃った頃だった。
八月初旬の日曜、二十二時をすぎて風見は店の片付けをし、飛鳥が今朝変え損ねた神棚の榊の水を変えていた時、入り口の戸を引く音がした。
「あーすみません、もうお店終わってまして…」
「ああ、客ではないんです。申し遅れました、私は井上と申します。お預けした赤子の親戚の者です」
入り口に立つ英国風のスーツを着た男性が、トランクを片手にハットを外して一礼した。
五十路中頃の風体で、白髪まじりの頭に人の良さそうな顔をしていた。
神棚用の台から降りた飛鳥は、男性の方へと駆け寄った。
「…え?え、本当ですか?」
「はい、あの子の大叔父です」
「失礼ですが、それを証明できるものはありますか?」
カウンターから風見も出て来て、飛鳥の隣に並んだ。
夜も深い時間、いきなり現れた親戚を名乗る男には怪しさしかなかった。
「ああ、怪しまれて当然です、こんな時間に訪ねて来る人間は常識が無さ過ぎる。しかしそれこそ証明です」
そう言うと同時に、男性の頭に志咲と同じ犬耳があらわれた。
「当方人間ではございませんので、その点ご容赦ください。ほら、同じでしょう?」
自分の耳と座敷席で眠る志咲を交互に指差す井上に、二人は驚いて声も出ずしばし固まった。
志咲で見慣れていたとはいえ、別個体に出会うとまた別の驚きがあった。
この種族が存在しているのだと。
「じゃあ本当に…?」
「志咲の親族だと」
「ええ、志咲がお世話になりました。これはほんのお礼です」
井上は手にしていたトランクを目の前のテーブルに置いてこちらを向け開いた。
そこには見た事もないほどの札束が入っていた。
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