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交差点で信号を待つサラリーマン。
SNSに夢中な学生。
買い物袋をパンパンに膨らませた主婦。
レインコートを着たパグを連れたお年寄り。
雨を弾く傘は色とりどりで。
お天気キャスターはこの時期になるとよく、“傘の花が咲く”と表現する。
そのとおりだと思った。
歩くたびに揺れる傘は、まるで風に揺られる一輪の花のようだ。
茎は一つの花に一つ。
みんなが、自分の花を支えている。
だからだろうか、その中で一人だけ蕾のままな彼女を見つけるのは簡単だった。
「青葉さん……?」
道路を挟んだ向かいには、ずぶ濡れの彼女が立っていた。
信号が青に変わると、俺は走り出していた。
「青葉さん、どうしたの!?」
「卯野くん……?」
青葉さんは、どこか怯えた様子で俺を見つめ返した。
「傘、壊れたの?」
「……変だよね。傘もささないなんて……」
ぎこちなく微笑むと、彼女は自分のビニール傘を持ち上げた。
けれど、傘を開きかけたかと思うと、すぐに閉じる。
雨に濡れた青葉さんの手は、尋常じゃないほど震えていた。
身体が冷えて震えているのとは違う気がした。
彼女は頑なに傘をささない。
「ごめんなさい……!」
まるで隠すように傘を抱きしめると、青葉さんは傘の群れの奥へと消えてしまった。
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