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地道にやってりゃ誰かしらが拾ってくれる。
今日だってそうだ。
スター気どりの若造たちがエサをほうってくれた。
これだからやめられない。やめちゃいけないんだ。
舞田ギブ夫は舞台のソデに悠然と腰かけていた。
〈お笑いエクスペンダブルズ〉とイベント名が書かれた香盤表を一瞥してからあくびをする。
出番はみっつあと。
駆け出しのペーペーがトチ狂って小屋を借りて、知り合いを集めてショーを開催する、お約束のションベンライブ。
なんとなくちやほやされだした連中が妙な使命感に駆られて必ず踏んでしまう魔性の轍だ。
あいにくの雨。
客席は5、6人。
じつにボランティア精神あふれる感心なヒマ人たちだ。
「よりによって今日降るんだもんなあ……」
カーテンの隙間から客席を見渡しながら、主催者のひとりである若造がささやき声でボヤく。
原因は雨のせいだけじゃねえよ、タコ。のぼせあがりやがって。
それにしても〈芸人〉なんて言葉がここまで市民権を得たのはラッキーだった。
ギブ夫の知る限り、本来その言葉はどこか影のある、はにかみまじりにへりくだって自らを語る際に用いられる呼称だった。
ところが、そこいら中にお笑い学校が軒を連ねるようになると、遠慮がちな自己紹介などは彼方に消し飛んでしまった。いつの頃からかワタクシどこどこの養成所の何期生です、なんて挨拶が裏だけではなく巷でもあたりまえに交わされるようになり、序列が実力によるものではなくなった。
かくして〈芸人〉なんてのがいっぱしの肩書きとなった昨今、たとえつまらなくても、長くやってりゃ恭しくあつかってもらえる。こうやって余裕かましてふんぞり返っていれば、それだけで一目おかれることになるのだ。
空調の音がやけに際立つ会場に、男女のコンビの掛け合いがむなしく響き渡る。
ギブ夫はそっとイヤホンを耳にあてた。
志ん生聴いてるほうがよっぽどいいや。
俺の仕事はポンコツあつかいされること。
どこか抜けてる素行がちょうどいい。
なにしろ泥芸人の神と呼ばれているんだ。
いつまでたってもうだつのあがらない“てい”でふるまう俺を、
「ギブ夫さん、何年やってんすかあ」と何も知らない駆け出しどもがつついていく。
こいつなら安全だと思ってやがる。
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