泥の神

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 こちとらツッコミの優越感を与えてやってんだ。この先も賞賛を浴びることなどないのであろう泥衆のいわば心の避難所といってもいい。 「っくそう、何だよお」  照明が落ちてブリッジの音が鳴り響くなか、出番を終えたコンビがもどってきた。 「マジぶっ殺してやりてえわあ」 「ホント、やってる最中、こいつらみんな死ねって思った。サイアク」男に続いて大きなリボンをつけた女がアゴを突き出して帰ってくる。  世界でいちばん日の当たらない場所へようこそ、お帰りなさい。 「いやもうマジ信じらんね。つるんつるんだったじゃんよお」 「あたし、あいつらの顔おぼえたから。ホンっト、わざわざ金払って何しにきてんだろ」  観客に無視された興奮がさめやらぬ様子で、舞台ソデとは思えない大声でふたりがわめく。  ギブ夫はウォークマンのボリュームをあげた。  スベったぐらいでぎゃんぎゃん騒ぎやがって。おまけにてめえらがつまんないのを棚にあげてお客さんに悪態ついてんの。  おめえら向いてねえから。  舞台に明かりがはいると、傍らに控えていたギター漫談の男が出陣する。  出番を終えた男女のコンビ、たしかスイーツなんとかいう、ひねりすぎておぼえづらい名前のふたりがギブ夫のまえを通りすぎざま、大げさに驚いたアクションでおどける。何を言ってるのかはよく聞こえないが、耳をおおう仕草をしてこちらを指さして笑い、肩口を何度も小突いてくるところからして、 「いやいや、出番まえに音楽鑑賞って! リラックスしすぎですよギブ夫さあん!」  とか何とか、はしゃいでいるんだろう。  ギブ夫は頭をかいて愛想笑いの素振りをして連中にこたえ、スイーツなんとかをやりすごす。  ケンカでボコボコになったやつが鼻息あらく強がってみせるのとおなじだな。本人はやけに壮大な殺し文句を意気揚々とまくしたてて、余裕の風情を見せつけようとするのだが、まわりは腹のなかでアイコンタクトし合って、肩甲骨であざ笑ってんだ。 《はいはい、わかったわかった。おまえは負けたんだよ》  やがて、ギターを抱えてよろめきながら、漫談のあんちゃんがもどってきた。  ずいぶんはやいお帰りだ。  ギブ夫のまえで立ち止まると、ギターをかき鳴らして歌う素振りを延々と見せつける。非常口を示す明かりにぼんやりと照らされ、その姿はむなしく浮かんでは沈む。
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