柏手さんは人気者

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「またやってるよ……」  隣の席の田中がそう呟いた。溜息交じりに吐き出されたそれは、自然と四方に座す僕らの耳に突き刺さり、心に達した言葉の針が胸のあたりを嫌に痛ませる。  それと同じくして耳に届く(いや)らしい数人の笑い声。  偏頭痛を起こしそうな程甲高く響き渡るその笑いに、視線を教室の窓際から反対へと反らしたのは僕だけでなく大半がそうだった。いつもお調子者と教師陣からも愛されている中村ですらそうだ。彼だって人間だし、不完全なところがあるのは至極当たり前の事だろう。誰だって周囲の不幸からは目を背けたい。それこそ、自身にも火の粉が降りかかる可能性が数パーセントでもあるのなら尚更。  皆同じなんだ。だから仕方がない。  そう心に決め、僕は現実をシャットダウンするかの如く机に突っ伏した。  ――虐め。  これは何十年何百年と時間が流れようと無くならない、最も身近な人権侵害だ。遥か昔から繰り返されてきたそれは人間の汚い性質の一旦であり、人間を人間たらしめる性質の一旦とも言えるだろう。  弱肉強食やカーストという言葉がある様に、人間だけでなく生物という大きな括りでも強者は弱者を獲物とする。それは生きていく上で当然の事だろうし、どう足掻こうが避けては通れない生命の生存本能なのだろう。  だが、こと〝虐め〟に関してその〝弱肉強食〟が当て嵌まるのだろうか。生命が生存する上で、本当に必要な事なのだろうか。  答えは――――僕には分からない。まだその答えを知るには若すぎる様な気がする。  だけど、それでも僕は〝必要ない〟と言ってやりたい。そんな気持ちを抱いてはいる。そう、抱いているだけだ――。    ***  本日の全過程が終了し、放課後となった十八時と少し過ぎ。部活に入っている者はグラウンドなり体育館なりに出動し、バイトがある者は各々の勤務地へと早々に学校を出ており、現在教室棟に残っている生徒はそう多くない。  何気にその少数の内の一人である僕は、切りの良いところまで読み終えた小説に栞を挟みパタリと閉じた。そろそろ帰ろう。  梅雨が過ぎ、夏がやって来た現在は日の入りが遅い。とは言っても十九時頃には空が鮮やかになり二十時には真っ暗になっている訳であるし、帰るならこの時間くらいが丁度いいだろう。昼よりは涼しいし。
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