柏手さんは人気者

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 そんな事を考えつつ、机に掛けていたスクールバックに本を仕舞いながら立ち上がりそれを肩に掛けて教室を後にする。  僕の家は学校から比較的近く、電車を利用する必要も無い。徒歩三十分といったところで、登下校は僕の趣味である音楽鑑賞にもってこいな有意義な時間である。時には周囲に住む奥様方と交流したり、近所に住み着いている野良猫とじゃれ合ったりと、中々楽しい時間を過ごしている。ある意味学校より楽しかったり。あそこは息苦しいから。  左耳に刺したイヤホンから少しの音漏れを感じつつ、外した反対のイヤホンを指先でクルクルと弄びながら染まりつつある空の下を歩いて行く。そんな時だった――。 「……ん?」  前方に見覚えのある背中を見つけ、思わず声が漏れてしまう。  何処か哀愁(あいしゅう)の漂う背筋、見慣れた黒いセーラー服、日本人でも珍しい何色も混ざっていない黒いショートヘア、から少し覗くうなじや晒された手足は雪のように白い――。  其処まで認識して僕は息を飲んだ。彼女は。 「――柏手麗奈(かしわでれいな)ッ」  思わず声に出してしまった彼女の名前。僕はしまったと焦りつつ口元を急いで抑える。  柏手麗奈。僕と同じ咲良第二高校(さくらだいにこうこう)の一年四組であり――虐めのターゲット。過去に彼女を助けようと試みた女子生徒が不登校になり、最終的に自主退学したのは有名な話だ。しかし、救いの手を差し伸べられた当の本人は我関せずを貫き通していたのも有名な話。だからこそ皆見て見ぬフリをする。声を掛けることすら、増してや名前を呼ぶなんて――。 「……石動君(いするぎくん)?」 「ぅえ!? あ、ああうん……石動です」  僕の声に反応して振り返る柏手さん。肩口で切り揃えられた黒い髪がシャランと音を立てたと錯覚(さっかく)してしまいそうな程美しく風に(なび)き、僕の視界に飛び込んだ彼女の容姿に意思と反して顔に血が上ってしまう。  彼女が虐めのターゲットとなった最大の原因――その美しすぎる容姿。恐ろしい程整った彼女の容姿は、何かに例えるのが失礼に思えてしまう。それくらい美しいのだ。スッと筋の通った鼻、零れてしまうのではないかと心配してしまう大きな瞳、桜の蕾のような唇。そして、常に血色が良く薄っすらとピンクに染まった頬。更にはスタイルも良いという恐ろしさ。
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