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探偵登場
紅露學は自己中心的な人間である。
しかし同時に利他的な人間でもある。
コギト・エルゴ・スム〈我思うゆえに我あり〉ーーデカルトが全ての存在を疑う方法的懐疑を経て到達した哲学の第一真理であるが、紅露もまたそれに近い思想を持っていた。デカルトに影響を受けたのかそれとも自らの思考でそこまで到達したかはわからないが、彼はよく自分のことを「電極をぶっ刺された脳味噌」だけの存在であると言う。周りの人、物はもちろん自分の身体でさえその存在は電極を刺された脳味噌が創り出したものに過ぎず、実際には存在しない。すなわち『現実』だと認識しているこの世界の全ては自分が創造したものであり、そういう意味では世界は自分を中心に回っているどころか、この世界においては自分は創造主たる神のような存在に他ならない……と紅露は本気で考えていた。
これは余りに独善的で自己中心的な夢想であるが、彼の夢想はここで止まらなかった。
自分がこの世界における創造主たる神であるならば、この世界で起こる悲劇も喜劇も全て自分に起因するものである。この世界で起こるあらゆる事柄には自分が責任を持たなければならない。そして世界の幸福は世界を創った他ならぬ自分自身の幸福である……と。
このようにして、紅露學という人間の性格は形作られた。自己中心的であるが故に利他的。相矛盾するように思える二つの性格は彼にとっては一直線上にあるものだった。
そんな彼の性格はその職業にも表れている。私立探偵。日本では珍しいその職業は彼が世界を幸福にするために悩んだ末に辿り着いたものだった。大きな幸福は政治に任せ、世界の片隅で幸福が行き届いていない人々を救うことを彼は誓った。だから彼は世界が幸福になると思えることはなんでもした。一般に探偵がすると思われることだけではなく。
紅露は世界の幸福のためなら使えるものはなんでも利用した。彼の助手を務めている玄野英慈もそのひとつだった。
彼ら二人の能力は特に警察にも手に負えないような難事件を解決するのに発揮され、その日もそんな事件をひとつ解決した。その後のことだった……。
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