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「この館を購入して20年、ここに移り住んで20年になりますが、『湖の主』を見たのは数える程しかありません。それに彼を見た日は、必ず私の人生において大きな転機が訪れた日でもあったのです。教師の仕事を辞めた日、妻と別れた日、自分の病を宣告された日、それから……、娘が自殺した日……」
少し顔を俯けた喜家村は、もはや朗らかに微笑む好々爺ではなかった。深い悲しみが顔の皺に刻み込まれており、揺れる暖炉の火の光がその翳りを一層深くしている。
「自殺……ですか」
紅露はおずおずと訊ねた。
「はい……、本来ならお客さんのいる前で、それも初対面の人の前で、暗い話はすべきではないのかもしれませんが、先程紹介した三人がここに来た理由にも関わっているので、少しだけ話させてもらってもいいですか」
喜家村は、ちらとその三人を一瞥して言った。
その三人については、紅露と玄野が館内へ招き入れられて直ぐに喜家村から紹介があった。
物腰柔らかな笑みで二人を握手で迎い入れた背の高い男は、野津雅史。鼻筋の通った整った顔をしており、清潔感のある髪型と身だしなみはやり手の営業マンを思わせる。
そんな野津と対照的な印象を与えるのは、西丸賢吾。背は低く、丸い顔に団子鼻。目は細いが、なによりその表情が固くふてぶてしく、ゴツゴツした岩のような印象である。
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