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「姫様、御呼びでしょうか」
「おお来たか、近う寄れ」
その言葉に応えなかに入り控えて座る。そのおしのに、さくら姫がにじり寄る。ふと見ると懐になにやら書状が挟まっていた。
「おしの、それは」
「瀬月家老頭様が、姫様にお渡しするようにと」
懐から取り出すとそれを差し出し、さくら姫が受けとる。中を読むと平助の事件のあらましが書かれていた。
「爺め」
さくら姫は小さく舌打ちする。
書状を懐にしまうと、あらためておしのを見た。
座ってはいるが、それでも背が高いのがわかる。立っていると、さくら姫より頭ひとつ半分高い。なので顔をまじまじと見るのははじめてだった。
「ふうむ、なかなか男前の顔立ちじゃな」
さくら姫の言葉になんと答えていいのか分からなかったのでおしのは戸惑う。
さくら姫はさらににじり寄ると、おしのの顔を両手でつつむ。
「姫様、いったいなにを」
その問いかけに応えずに、さくら姫はそのまま立ち上がる。顔を触られたままなので、少しのけ反る様な姿勢になり、おしのは動きがとれなくなり驚いている隙にさくら姫は口づけをした。 さらに驚くおしのの口の中に、舌で何かを押し入れ無理矢理飲ませてから離れる。
「姫様、何を飲ませました」
「安心せい、毒ではない。眠り薬じゃ」
「眠り薬」
「手や口では溶けぬが腹の中ですぐ溶けてな、四半刻ほど眠りこけるものじゃ」
「な、なぜ、そのようなものを……」
「お、もう効いてきたようじゃな」
「ひ、ひ……め……さ……ま……」
おしのは倒れるように眠りこけてしまった。
「すまぬな、他の者ではお咎めが重いが、おしのならそれほどでもなかろうでな」
おしのの打掛を脱がし自分のと取り替えると、仰向けに寝かし直す。
「あとはと……」
ごそごそと何かしらすると、自分の打掛をおしのにかけて、部屋から出ていく。
顔を隠しおしののふりをするが背の高さがまるで違うので打掛を随分と引きずる。なんとかつま先立ちで歩いてみるが、それでも足りない。
「あれぇ、姫様、なにをされているんですか」
後ろから声をかけられて吃驚するが、慌てずに声色を変えて返事をする。
「これこれ、わたしはおしのである」
「なにを仰っているんですか、おしの様はそんなに低くないてすよ」
と呆気なく無視される。
──この声はおみねか、まずいな──
英桂美四十八女のひとり、おみねは事を大袈裟に拡げる才能の持ち主である。この前も鼠一匹のために女子衆皆で退治騒ぎを起こしたほどだ。このままでは脱走が失敗してしまう。
「おみね、みんなには内緒にしてほしいのだけど、わたしは時々背が低くなるの」
「ええぇ、 そうなんですかぁ。知らなかったですぅ」
言う方も言う方だが、信じる方も信じる方である。
「疲れるとこうなるのよ、姫様の御世話は大変だから」
「ああ、そうですねぇ。わかりますぅ」
心底同情する物言いに、こやつめ、とさくら姫は思ったが今はそれどころではないと勘気を飲み込む。
「それより、姫様が横になりたいと申していたから布団を用意してきて」
「あ、はい。わかりました」
そう言って、おみねは奥に向かっていった。
おみねが行くと同時にさくら姫も足早に出口に向かう。運よく誰にも遭わず、出口手前の四十八女の更衣部屋に着くと、そこにある作業用の野袴をひとつ取り履く。
「よし、これで走れるな」
おしのの打掛をたたむと懐から風呂敷を取り出し、それを包み背負う。そして出入口の土間に着くと草鞋を履き、一番近い城の出口である東門に向かった。
東門には三人の門番がいる。大抵は外に向かって注意をはらっているので、さくら姫は問題なく門の近くまで来れた。
「さてと、これの出番じゃな」
袂からごそごそと取り出したのは、先程おしのから失敬した彼女の腰巻きであった。
風向きを確認して、門より風上に行くと腰巻をおもいっきり高く上げて風に乗せた。
「あ~れ~、わたしの腰巻が飛んでいく~」
門番達に向かって叫び身を隠していると、三人の門番がどこだどこだときょろきょろと探し、ひとりが見つけると、まるで兎を見つけた野犬の群れみたいに全員が走り出した。
その隙をついて、誰もいなくなった門をさくら姫は通り抜けていく。
「許せおしの。代わりに上物の腰巻をやるからな」
東門を出ると、さくら姫は一目散に元秋屋に向かった。
※ ※ ※ ※ ※
裏通りに面している元秋屋の裏側に着くと、塀のとある一ヶ所を開ける、さくら姫用の隠し出入口である。
中に入るとまた扉があり、ここはとある合図をしないと中から開けてもらえない。トトントンとその合図をする。少し間が空いた後、内扉が開く。
「姫様、どうしたのです。御一人なのですか」
番頭格のゆいであった。
「うむ、久しぶりじゃな。さっそくじゃが頼みがある。馬小屋に使いを出して、すぐわらわが行くと馬番に伝えてくれ」
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