牢屋のさくら姫

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 落ち着いて話すようにしているが、言葉の裏に切迫したものがあるらしい。それを感じたゆいは、すぐに人に伝えに行く。  さくら姫はその間に元秋屋にある自分用の着替えの部屋に行き、着替え始める。  すべて脱ぎ全裸になると、外履き用の足袋を履き、下着(ふんどし)を身に付ける。次に胸に晒を巻き始めるが、慌てているせいか中々巻けない。 「姫様、使いを出しました」  ゆいが戻ってきたので、晒を巻く手伝いをするように言う。それに応え失礼しますと部屋に入り、手伝いはじめる。 「姫様、大きくなってませんか」 「ひと月あまり身体を動かしてなかったからの、肥ったかもしれん」 せっかくの形よい乳房が晒に巻かれ潰されていく。 「やれやれ、やっと動きやすくなった」  晒を巻き終わると、襦袢を羽織り、男物の白の長着を着て、黒の角帯を締める。  紺色の馬乗袴を履くと、結った髪をほどき、ゆいが髪をすいた後、白の布で総髪にまとめ、薄紅色の玉の付いた簪を差す。愛用の扇子は袂に入れた。 「ふう、やはりこの格好が落ち着くな」  ちょうど着替え終わったところに、部屋の外から元秋が声をかける。 「姫様、よろしいですか」 「元秋か、いま着替え終わったところじゃ」  そう言いながら、刀掛けにあった小太刀と脇差しを差した。 「お珍しい、真剣の方ですか」 「今はあてになる者がいないのでのう」  着替えの部屋から出ようとしたが、ふと思い出す。 「おっと忘れるところだった」  持ってきた風呂敷包みをゆいに渡す。 「おしのの打掛じゃ、返しておいてくれ。それと上物の腰巻を十枚ほどとな」 「こ、腰巻ですか」 「詫びじゃ、と言うといてな」  廊下には元秋が座っていた。急ぐので歩きながら話すと言うと、元秋は立ち上がり、さくら姫について歩く。 ※ ※ ※ ※ ※  ここひと月の出来事は、城の四十八女からきいていたらしいが、平助が亡くなった話をすると、流石に驚いた。 「なんと、平助様が」 「どうしても確かめたくてな、城を脱け出した」 「しかし聞くところによると、瀬月様に御叱りを受けていたのでは」 「うむ、正式な下知をまだ撤回されていないからな。下手すれば元秋とは今生の別れになるかもしれぬのう」  さくら姫はまるで他人事のように笑いながら言う。元秋は顔をしかめながら、 「冗談が過ぎますよ。もしそうなればこの康之進、命に代えても助けに参ります」 「それは心強いな」  店先に着いたので、さくら姫は草履を履き始めると元秋に問いかける。 「なにか聞いておくことはあるか」 「急に言われましても…… ああそうだ、眞金に会ってやってくれませんか」 「眞金というと、寺社奉行のあ奴か。どうかしたのか」 「ひと月前に姫様がここから帰って行かれたの覚えていますでしょうか」 「あの時か、何かあったのか」 「城に帰ると言ったが、さらとは何者だと詰め寄られましてな。どうとぼけようかと思案していたのですが無理だと思いまして、話してしまいました」 「そうか。まあよい。そうか、あ奴がいたな。わかった、何とかして会おう。はなおか達にもよろしく言っておいてくれ」 「そういえば座長が言っていた旅人の神隠しについてですが、鳴りをひそめたようです。そのかわりに幼子の女が神隠しにあうはなしが増えているようですよ」 「ふむ、そうか」  元秋屋は女子を楽しませる幸せにするを目的に商いをしている。この話は気になるようだ。もちろんさくら姫もそうだが、今は平助のことで頭がいっぱいなので聞き流してしまった。 「ああそれと典翁が話したいことがあると……」  典翁の名前を聞いただけでうんざりしたので、それはいいと断る。  草履を履き終わると、元秋に向かい、達者でなという言葉を残して店を出て、裏通りを駆けて馬小屋に向かっていった。 ※ ※ ※ ※ ※  城下町の端にある馬小屋に着くと、すでに愛馬のしぶきは準備が出来ていた。久しぶりに主人に会えた栗毛は、喜びのいななきをする。 「よしよし、しばらく乗ってやれなくてすまぬな」  顔を撫でてやったあと、すぐに乗り駆け出した。  ぐんぐんと城下町から離れていく。ちらと後ろを見たが、まだ追っ手はこない。何とかなりそうだなと、さくら姫は思った。 ※ ※ ※ ※ ※  弐ノ宮近くの村までくると、以前寄ったことのある農家に向かった。 「誰か、誰かおらぬか」  ちょっと経ってから、家の主らしい男が出てきた。口をもぐもぐしているところをみると、昼飯時だったらしい。 「これは女武者さま、お久しぶりでございます」 「いつぞやは世話になったな」 馬から下りてはいないが、足を鐙から外す。 「三日ほど前に、弐ノ宮近くで何かなかったか」 「ありました。役人が巫女と駆け落ちしようとしたのを、神社の連中に捕まりそうになって無理心中したらしいですよ」
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