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今日起きた出来事を思い出していると、腹の虫がくぅんと鳴った。顔が真っ赤になり、起き上がってあたりを見回すが、誰もいない。ほっと胸を撫で下ろす。
──そういえば、今日は朝餉しか食べていなかったのう──
すくっと立つと格子から外に向かい、声をかける。
「誰かおらぬか、なんぞ食すものを持ってこい、誰かおらぬのか」
呼んでみたが、返事はなかった。さくら姫は諦めてふて寝する事にした。
──まったく、一寸先は闇とはこの事じゃの。まさか座敷牢に放り込まれるとは思わなんだわ──
城から出られないひと月の間に梅雨も終わり、夏が来ていたので、寒くはないがそれでも夜の地下牢は肌寒い。寝具が無いので、さくら姫は袴と長着と足袋を脱ぎ、袴をたたんで枕代わりにし、長着を掛布にして寝ることにした。
──湯浴みをしたいな──
──平助が生きているのは間違いなかろうが、何処にいったのじゃろう。あ奴が困れば頼るのはわらわか林太、となると林太のところに向かっていると考えるのが妥当じゃな──
そう思いながらも今日一日動きまわった疲れが、さくら姫を夢の中に誘っていった……。
※ ※ ※ ※ ※
果たしてさくら姫の予想は当たっていた。
ただ少し違うのは、幼い娘と大男と道中だったことだ。どうしてこうなったか。話はさくら姫が黄昏の森に入った日にもどる。
※ ※ ※ ※ ※
さくら姫を見送ったあとクラは急いで戸締まりをして、同じく城下町へと向かった。老中頭瀬月の屋敷へと。
みなづきを身代わりにしてさくら姫が城を抜け出したことをきさらぎから伝えられた瀬月は、林太に確かめてそうだと知る。
きさらぎは、みなづきとさくら姫を叱るために残るから殿は帰ってくださいませと言い、瀬月はその帰りを屋敷で待っているところだった。
「殿、会いたいという者が来ておりますが」
側用人の大野が知らせにやってきて、手に持っていた割符を差し出す。瀬月はそれを見た途端、すぐに庭に通すように言い、大野はすぐさま呼びに行く。
「お久しゅうございます、瀬月さま」
「息災だったか蔵人よ。挨拶は抜きじゃ、何があった」
瀬月の頼みで鍛冶屋をしながら森の番をしていたクラ。割符は何か異変があったときの合図として渡したものであった。
「は。じつは森の結界が切れていました」
「なに。で、奴らは、でくはどうした」
「は。気づいたのは昼間でしたので出ているものはいません。すぐに寺社奉行に報せを走らせ、眞金奉行と太田田中という者が結界を張り直したようです」
「眞金か。ならいちおうは安心だな」
厳しい表情は崩してないが少しだけ安堵した。クラはそれを見て眞金への信頼に感心する。
「でくのことは眞金さまはご存知なのでしょうか」
「いや、伝えてはおらぬ。寺社奉行所には[黄昏の森]は役目を終えたが礎となった御霊を祀る所として結界を張るように命じている」
「左様ですか。……もうあの頃を知るものが少なくなりましたな」
クラは初めてあった眞金が自分より若いと感じたのを思い出す。
[最後のおおいくさ]に参陣したのは十五のとき、あれから十七年、若いつもりでいたが目の前の瀬月の皺がそうではないと物語っていた。
「だからこそだ。御霊の方々には申し訳ないが今は忘れてもらうのが世のためなのだ」
[最後の大いくさ]で起きたこと、そしてその前にあった真実、瀬月はその深い皺が忘れられないと告げているが、それでもそうするしかないと心を決めている。
そしてクラは道すがらどう話そうか迷ってたが、やはり話すことにした。
「じつは……さくら姫にお会いしました」
「なんと。いつだ、どこで会ったのだ」
クラは熊や拐かしに間違えられた経緯を話し、それからのつきあいでたまにやってくること話し、瀬月は愉快そうにそれらを聞いた。
「ふふふ、姫様らしいの。それにしてもクラよ、姫様のことはいつぞや話したことあったであろう。気がつかなんだのか」
「まったく。殿からきいたさくら姫はそれはそれは見目麗しくたおやかで、天女と見間違うほどであると言われましたので」
「少々元気でもあるとも言ったと思うが」
「少々ですか」
「少々だ」
本気で言っているらしく、クラはそれ以上訊ねるのをひかえた。と同時に瀬月がさくら姫を目に入れても痛くないほど可愛がってるのを直感した。
──となると森に入ったことを伝えれば、この御方を困らせてしまうかもしれん。下手すれば卒倒するか儂自身を手討ちにするかも──
クラは少し迷ったが、大恩ある瀬月にならば構わないと本当にあったことを話すことにした。
さくら姫が森に入ったこと、でくに襲われたことを話すと、さすがに瀬月も言葉を失う。
「……」
長い沈黙が続いた。
クラは庭で平伏し、いつでも首を斬られる覚悟をして待つ。
「クラよ」
瀬月が重々しく口を開く。
「は」
「旅にでてくれるか……遠いところに……」
「は、仰せのままに……今まででお世話になりもうした……」
翌日に鍛冶屋蔵人が小屋にかえることはなかった──。
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